言うまでもなく、1945年の降伏の決断は日本史上において最も重要な出来事であった。にもかかわらず、この決定をめぐる研究は十分に行われてきたとは言えない。文献の大半は日本側の決定過程に焦点を当てたものであり、それ以外では原爆投下を含めたアメリカの決定を分析したものがほとんどである。つまり、日本の降伏に至る国際政治に関する研究は戦後60年以上を経てなお決定的に不足しているのである。
本書は、ロシア研究を専門とする著者が、ロシア人研究者(故人)との共同研究を踏まえ、日本の降伏決定に至る過程を米ソ関係を主とする国際環境と日本政府内部の決定の両面から分析した書である。昨年英語版が出版されて注目されていたが、著者によれば、本書はその完全な日本語訳ではなく、若干の変更を含んでいるとのことである。
本書の最大の特徴は、ソ連側の対日参戦に至る過程を詳細に分析した点にあるだろう。ソ連首脳部は大戦中、日本との中立状態を維持する一方で、戦後安全保障の確保という視点から日本周辺地域での領土要求を固めていた。しかしその要求を実現するためには対日参戦が不可避と考え、早くからその方向を推進したのはスターリンその人であったことを本書は明らかにする。対して、ヤルタ会談の時点ではソ連の対日参戦を望んでいたアメリカは次第にソ連への不信を強め、原爆が完成したこともあってソ連参戦前の日本降伏を期待するようになった。ポツダム会談の頃には表面的な協力関係の水面下では、日本降伏を巡って米ソ間で激しい競争が繰り広げられていたという本書の主張は説得的である。
他方で、日本側の分析については疑問も残る。本書は原爆投下ではなくソ連参戦が降伏の決断にとって決定的だったと主張するが、史料的に十分に証明されているとは言い難いように感じた。また国際関係についても、イギリスや中国の視点はほとんど扱われていない。しかし国際政治史の観点から日本の降伏の意味を捉(とら)え直す必要性を示した点において、本書は重要な研究である。