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書評

セイヴィング キャピタリズム [著]ラグラム・ラジャン&ルイジ・ジンガレス

[掲載]2006年03月05日
[評者]青木昌彦

 エンロンのスキャンダルの発覚直後に出版された本書には、次のようなくだりがある。「最近の……市場志向的波動は政府の無駄な活動に関するさまざまな話題が原因で大きくなった。歴史の歯車は、企業スキャンダルと市場主義のむき出しの欲望の話が人々の間で広まるとともに、反市場の高まりの方向へ再び回りだしている」。日本の今を彷彿(ほうふつ)させる。

 しかしこの本は、そういう時代の流れの変わり目に間髪を入れず出版されるような際物とは違う。斬新な金融理論や企業統治理論で注目される俊英2人による壮大な資本主義論だ。鮮烈な時代意識に貫かれながら、その主張や分析、事例は隅々まで最新の学術成果で裏付けられる。その範囲は経済史、政治学、制度分析、地域分析などに及ぶ。膨大な注は社会科学のフロンティアの手引きにもなるが、本文の流れは流麗、明快で、幅広い読者にとって近づき易(やす)くもある。

 焦点は金融市場にあてられる。発達した金融は人々の機会を広げ、それによって富を作り出しうるが、逆にその抑圧は権力の集中をもたらし、経済発展を押しとどめる。しかし、金融市場は自由放任(レッセフェール)のもとで発展するわけではない。融資やその返済の可能性を阻止する不確実性、無知、詐欺、粉飾、シャイロックの寓話(ぐうわ)に象徴される不信、これらが克服されるにはルールが必要だ。さらには多様な情報、予想、価値が株価に集約表現されるには、発達した市場のインフラも必要だ。それらを作り上げ、実効化するのが政府の「みえる手」だと本書は考える(実は民間のルール、信用、情報技術も重要だが)。他面、そういう強い立場にある政府は金融の既得権者(原題の資本家たち<キャピタリスツ>)と結びつき、金融市場の発展を抑圧する危険性もある。資本主義経済はそういう分水嶺(ぶんすいれい)のごときジレンマを抱える。

 本書の独創は、マルクス流に歴史を発展段階的に捉(とら)えるのでなく、このジレンマがともすると循環的に現れると見ることだ。たとえば金本位制の崩壊の後に、金融市場は政府の統制によって抑制されてしまう。その過程を経て第2次大戦後に生まれた統制された競争システムを、作者たちは「リレーションシップ資本主義」とよぶ。それを壊してルールに基づく金融市場のインフラづくりに向かう環境を作りだしたのが、金融市場の国際開放と情報革命だ。

 だがルールは完全ではない。金融市場の発展に付随しておこる様々な不祥事により、人々が過度に市場を恐れたり、憤ったりする状況が生まれうる。結果、既得権益者と困窮者の「意外な同盟」によって、競争を抑制するリレーションシップ・システムに里帰りしてしまう危険性がある。だが、それは困窮者の機会を奪うだけだ。

 そうならないように、市場と政府の双方をバランスよくチェックする政策体系も提起するが、人々が市場制度の利点とその政治的脆弱(ぜいじゃく)性のあいだのジレンマを理解する、という意識の重要性を強調する。学術的に異見をもつ点はあるものの、現代日本にとり理性にもとづく警世の書としての価値は大、とみる。


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関連情報

    書籍詳細

    表紙画像

    セイヴィング キャピタリズム

    • 著者: ラグラム ラジャン・ルイジ ジンガレス
    • 出版社: 慶應義塾大学出版会
    • ISBN: 4766411684
    • 価格: ¥ 3,675

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