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[掲載]2006年03月26日[評者]苅谷剛彦
死に意味を与える。そこには自らの生の有り様が反映する。そしてその生は、個人を超えた時代や国家の有り様に枠づけられている。死の確実な戦いに赴く若者にとって、戦争のために死ぬとはどういうことだったのか。第2次大戦下に綴(つづ)られた7人の若者の手記を通して、アメリカ在住の人類学者が、学徒兵の精神誌を繙(ひもと)く。本書は、教養も知性も世界的視野も持っていた当時の大学卒業者が、軍国主義やこの戦争の無意味さを承知しつつ、死を受け入れていった軌跡を明らかにした好著である。
政府が「殺した」と著者はいう。死に至るまでに記録された苦悩に満ちた死への意味付けの痕跡。そこには、知性や人間性の証明だけではなく、国家と個人の葛藤(かっとう)が見事に描かれている。殺されたのは知性なのかもしれない。
「国を愛する心」の教育の一歩先に何があるのか。それを考えるためにも、生きることさえ選べなかった若者から学ぶことは多い。
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