海外でのフィールドワークに基づいた報告として、数年に一冊、出るか出ないかの作品である。
舞台は、われわれの大半とは縁もゆかりもない南米の石油国ベネズエラ——。大手家電メーカーの駐在員として赴任した著者は、およそ八年をこの地で過ごすうちに、一人のミュージシャンと出会い、やがて会社を辞めラテンアメリカ文化研究にのめりこむほど、人生を一変させられてしまう。
彼、ヘルマン・ビジャヌエバは、生まれ育ったスラムで、長らく野卑な芸能と蔑(さげす)まれ、近代化とともに消滅の危機に瀕(ひん)していた、「タンボール」という太鼓主体の歌と踊りを復活させ、いわば“町おこし”の著名なリーダーになってゆく。たとえて言うと、日本の小さな町の住民が、一人の指導者を中心に地元のサッカーチームをもり立て、Jリーグに昇格させる感覚に近いだろうか。
ビジャヌエバたちの実践は、南米から連想しがちな放埓(ほうらつ)や即興性とは正反対の、規律正しく戦略的なもので、それを記す著者の明快な筆致にも、カオスが置き忘れられていやしまいかと言いたくなるほどだ。
ところが、中盤から物語が大きく動き出す。あらすじは興趣を削(そ)ぐので記さないが、ベネズエラの歴史や文化についての、やや煩雑にも思えた記述が、あとになってずばりずばりとパズルの空隙(くうげき)にはまってゆく。
そのたびに、ベネズエラの聞いたこともない町の路地裏に、こつこつと穴を掘っていったら、地球の裏側の、われわれの足元にぽっかりと空いた空洞につながっていたかのような感慨にとらわれる。いずこも変わらぬ人の心の移ろいやすさに、ため息が出る。
アカデミズムの最新の知見を採り入れつつ、ビジャヌエバの行動から現代文化の潮流までを読み解く手際は鮮やかなものだ。本作りにも、すみずみにまで神経が行き届いている。
人は地域の中で、いかに生きてゆくか。このことに関心のある読者なら、深い充足を得られるにちがいない。
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いしばし・じゅん 62年生まれ。東京大学教員(ラテンアメリカ文化研究)。