辺見さん、お久しぶりです。のべ十時間ものインタビューに答えてくださったのは、名著『もの食う人びと』が刊行された直後でしたから、もう十二年も前になるのですね。共通の友人や知人たちから、おからだの具合を仄聞(そくぶん)し、陰ながら案じておりました。
けれども、本書を読みはじめてすぐ、ほっとしました。鮮やかなイメージを読者の眼前に立ち上がらせる力量は、いささかも衰えていない。見渡すかぎりの焼け野原に、一匹の金魚が「一筋の紅い実線を曳(ひ)いて」中空を移動してゆくシーンなど見事なものです。
この本は病中の随想集ですが、表題ともなっている「自分自身への審問」は、ことさらに苛烈(かれつ)な文章です。脳出血で半身が麻痺(まひ)してしまった肉体に、追い討ちをかけるがごとく、がんが襲いかかってくる。その只中(ただなか)で、病室にパソコンを持ち込みながら、存在を賭けた自問自答が、手術中の空白の時間をはさんで、延々と続けられます。
「これからの終わりの時をお前は何を考え、どう過ごそうというのか」
審問官である、もう一人の辺見さんは尋ねます。追及は果てもなく続きますが、辺見さんは、術後の全身に管をつながれた姿で、「いま、たったいま、自分を問われ、答えることが、私にとってはとても大事なのだ」と、切迫した調子で答えています。
よく似ていると思いました。辺見さんと私とが、です。抑えがたい怒りを抱え込んでいること、慈しみたい人々をかえって傷つけてきたこと、不眠のつらさ……。日本を覆う冷笑主義(シニシズム)への唾棄(だき)もそっくりです。ただし、辺見さんのそれらが“原液”とするなら、私のは何倍にも希釈されている。そこに物書きとしての差が如実に現れているのでしょうが、おかげで私は辺見さんほどにはのたうち回らずに生きてこられた。その代わり、中途半端さで生き恥を晒(さら)してきたと言ってもいい。
辺見さんはたぶん、『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官」を意識しているのでしょう。とするなら、本書の審問官があげつらうように、「死ぬまで衒(てら)いつくす気か」と言いたくなるところが、あえて酷薄を承知で申し上げれば、私にもあります。自身を剔抉(てっけつ)する文章からですら、あの“辺見節”が聞こえてきてしまう。文章が巧緻(こうち)にすぎるのです。もっと底の底までえぐり出す力が、辺見さんには充分に残っているのではないか。
審問官は最後に、「もう二度と語るな」と、「残りの生涯にわたる沈黙」を罰として科します。決して皮肉ではなく、意気軒昂(いきけんこう)だなと思いました。辺見さんは、まだまだ語りつづけるつもりですね。文末に「未完」とあるのは、その証左でしょう。
辺見さんは五年近くを過ごした東京・山谷で、大勢の「野宿者」と出会い、「四つん這(ば)いになって酔っぱらいの吐瀉物(としゃぶつ)をズルズルと音立てて啜(すす)りあげている男」も見たと記している。そのような人物のかたわらに寄り添いつつ書いた辺見さんの文章が、私は読みたい。それこそ辺見庸にしか書けぬ、凄絶(せいぜつ)な文章にちがいないからです。
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へんみ・よう 44年生まれ。作家。著書に『もの食う人びと』『永遠の不服従のために』『いま、抗暴のときに』など。