高史明は死ぬことをずっと考えてきた人である。
極貧の在日朝鮮人の家に生まれ、三歳で母と死別し、父親が首をくくろうとするのを泣き叫びながら制止しようとした人である。
学歴も何もないまま、当時の過酷な朝鮮人差別の世に投げ出され、作家として自立しかけたとき、深く深く愛していた一人っ子のご子息が自死を遂げてしまう。これで誰が生きつづけられようか。
親鸞の『歎異抄』と出会って、著者はかろうじて生への道を歩み出した。爾来(じらい)、三十余年に及ぶ思索と求道の結果が、この講演録である。
会話体とはいえ、わかりやすい本ではない。いや、われわれの「わかる」という骨がらみの合理主義をいったん捨て去らなければ、本書を「わかる」ことはできないのかもしれない。ところが、読みはじめるや、活字が目に食い込んで離れなくなる。
とりわけ、作家・野間宏の文学と親鸞とのかかわりを論じた章に、異様な迫力がある。現代人の生き難さを見抜き、『歎異抄』を読み込んでいた野間でさえ、私たちと、親鸞の説いた念仏とを結びつける「つなぎ目」を見いだせなかったのではないかと、著者は問う。そのつなぎ目を求める私の前に、だが、著者は『歎異抄』などの仏典の言葉を原文のまま示して、「わかる」ところまでは導かない。
現代人の「超えがたい奈落」ゆえなのか。そこが「信心」と言われればそれまでなのだが、著者もまたつなぎ目を万人に「わかる」ように伝える方途を、いまだ持ちえていないのではないか。
亡きご子息は芥川の『蜘蛛(くも)の糸』を読み、感想文を書き残していた。しかし、芥川の描くお釈迦さまの姿はおかしいと、著者は言外に述べている。お釈迦さまなら、再び地獄の血の池に落ちたかん陀多(だた)を、極楽の上から哀れむのではなく、自ら地獄に降りて共に苦しまれるはずだというのである。私を含む“かん陀多”たちが、いくら「信じない」「信じられない」と言おうが、お釈迦さまはなおどこまでも寄り添ってくださると著者は説きつづけてやまない。
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こ・さみょん 32年生まれ。作家。著書に『いのちの優しさ』など。