橋と水のテーマは、これまで好んで文学的な都市風景論として語られてきたが、この
一冊は、情緒に流れず、技術面にこだわるところから新鮮な視界を開いて見せる。
橋材にどんな材木が使われ、工事現場までどうやって運ばれるか。橋柱はどう打ち込むか。建設費は誰が出資し、誰がメンテナンスをするか。江戸の橋は動力がなかった時代に巨材、巨石を使いこなした土木技術の精華だったことがわかるし、昔から手抜きや民営化や崩壊事故といった問題の構図も出ているのが興味深い。
かつて「橋」と「端」が同義語だった由来は、草創期の江戸では、たんなる語源ではなくて目前の事実だった。海岸を埋め立てて土地を造成し、堀を切り開いて分割する。川の流れを付け替える。常に新しいウオーターフロントができるから、「橋」とは対岸に向かって伸びる「端」に他ならなかった。
取り上げるのは両国橋・新大橋・永代橋など隅田川に架けた橋、日本橋界隈(かいわい)の橋、銀座近辺の橋であり、著者はつつましく「江戸・東京の橋の全部を対象にしていない」とことわっているが、これら江戸の中心地域だけでも話題性はたっぷりある。
若い読者の中には、外濠(そとぼり)通りが以前に文字通り江戸城外濠だったのを知らない人もいるのではないか。橋は消滅して、呉服橋・鍛冶(かじ)橋など地名にだけ痕跡を留めている。
とりわけこんな一情景は、現代の東京が何を失ったかを示して余りあろう。
明治大正の東京でも、日本橋の上にたたずむと、下流には「菱形(ひしがた)をなした広い水」(永井荷風)が連なり、江戸橋・思案橋、流れに交叉(こうさ)する堀割(ほりわり)の荒布(あらめ)橋・鎧(よろい)橋が一望できた。現在では日本橋川の上空が高速道路に蓋(ふた)をされ、その支柱が川の中に林立する「東京一の薄暗い水面」が排気ガスに煙っている。
江戸の橋を昔の美しい姿で再現する行間には、現代日本の橋梁(きょうりょう)行政に対する静かな批判が秘められているが、それにもまして、今も変わらず生活の一部である橋と川への深い愛情がこもる。
◇
すずき・まさお 26年生まれ。都市史研究家。著書に『大江戸の正体』など。