将棋という日本で特異に発達したゲームは、稀(まれ)に“劇的人間”と呼ぶしかない人物を生み出す。本書の著者など、さしずめその最新のスターと言えよう。
半年ほど前、三十五歳のサラリーマンが、プロ棋士相手の六番勝負で三勝し、晴れてプロとなった。奨励会(正式には「新進棋士奨励会」)を通過しないプロの誕生は実に六十余年ぶりで、「閉鎖的な将棋界に風穴を開けた」とマスコミでも騒がれたから、「ああ、あの人か」と思い出される読者も多かろう。本書は、彼の半生記である。
登場人物たちの輪郭が、いずれもくっきりしている。文字通りの弱肉強食の世界ゆえか、細部と大局とをかわるがわる見ることに長(た)けた著者ならではの観察眼ゆえか。おそらくその双方であろう。
「いるかいないのかわからない」小学生だった著者をほめまくって才能を引き出した担任の先生、真向かいの家に住む、友達にも敵にも早変わりする宿命のライバル、二人にプロ棋士への夢を託す、内に喪失感を抱えた将棋道場のあるじ……。みな控えめだが、一途に何かを願うような生き方をしている。
奨励会には二十六歳までしか在籍が許されない鉄の掟(おきて)がある。それまでに四段にならなければ、将棋だけに「命を削って」きた努力は水泡に帰す。それは「挫折」などという生易しいものではなく、著者も将棋を憎悪し、車道に飛び出して死のうとさえする。そこから立ち直り、将棋本来の楽しさを再発見して、不可能とされたプロへの関門にもう一度挑む姿もよいのだが、本書の最大の魅力は、敗れゆく者たちの心の揺れが、きめ細やかに、しかも悲愴(ひそう)感に酔うことなく真正面から見つめられているところだ。
青春小説のようにも、現代版『アマデウス』のようにも、人情噺(ばなし)のようにも読める。“いい人”ばかり出てくるのに物足りなさを感じないわけでもないが、「好きな道を進むのは大変だったよ。でも、がんばってみて本当によかった」と最後に真情を吐露する著者の肩をぽんと叩(たた)きたくなった。
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せがわ・しょうじ 70年生まれ。戦後初めて実施された編入試験で将棋のプロ棋士に。