欠陥だらけの本である。寄せ集めの文章、人名や用語の説明不足、時代の空白部分の多さ。何よりも、こうしたまとまりのなさを補う、総覧的な解説がない。にもかかわらず、捨てがたい魅力がある。
かつて「馬方」「船方」「土方」を「三方」と呼び、「人間の屑(くず)」とみなされていた、と著者は記す。三つの職種を彼は渡り歩き、なかでも「土方が地下にもぐった」炭坑夫を二十六年間も務めた。かたわら、プロレタリア作家・葉山嘉樹(よしき)の知遇を得て作家を志し、肉体労働の最底辺から掴(つか)みとった真実を作品化せんと執念を燃やしつづけた。その日々を綴(つづ)った日記が、本書の中核をなしている。
「馬方」の章では、人馬一体の、貧しくも温(ぬく)い時代が牧歌的に描かれる。「船方」、つまり著者の場合、日本・アジア・ヨーロッパ航路の缶(かま)炊きになってからは、炎熱地獄の束(つか)の間、港々で出会う“からゆき”たちに、著者は屈託のないほがらかさを感じている。炭坑夫の時代は、さらに凄(すさ)まじい。落盤事故で同僚たちが次々と死んでゆき、著者も生き埋めになるが、かろうじて救出されるのだ。
昭和期の回顧録ではなく、おのれの体ひとつを頼りに地の底を這(は)いずり回りながら、日本と世界の激動を冷静に見つめつづけた同時進行の日記は稀有(けう)なものだ。著者が書き残さなければ、歴史の闇に消えていったアウトローたちの姿も、一人一人陰影が濃い。
そして、背景にあるのは、つねにアジア——。「上海の為市(ためいち)」(実弟)や「戦地の熊さん」「台湾の敏江さん」らが登場し、著者も戦後、大阪で「朝鮮飯場」に入った際、若い朝鮮人同士の殺し合いをすんでのところで制止している。当時五十代だった著者は、二十代のころ朝鮮人の親方と「朝鮮流の兄弟分のちぎり」を交わしたとき掌(てのひら)に入れた刺青を示して、いきり立つ二人をなだめるのである。まるで小柄な高倉健のように。
その作家への夢は、ついにかなわなかった。だが、九十近くまで生きた著者の記録からは、いわば“大庶民”が肉体からひねり出した哲学が伝わってくる。
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ひろの・はちろう 07〜96年。著書に『華氏一四〇度の船底から』など。