正直に言うと、この本、途中で投げ出そうかと思った。奴隷解放後のアメリカ南部に生きた黒人の長老の一人語りなのだが、日常の些事(さじ)に話が及びすぎているように思えたのである。綿花畑で働くのがどんなに大変な作業かは実感として伝わってくるのだけれど、400字詰め原稿用紙にして1700枚以上にのぼろうかという大著の半ば過ぎまで、ドラマティックな展開に欠けるのである。
ところが、このネイト・ショウという老人の叙述のスタイルに馴染(なじ)むにつれ、彼の言葉が深海に降り積もるマリン・スノーのごとく心の底に沈殿してゆき、ある堆積(たいせき)を超えたあたりで“化学変化”が起こる。まるで海底の機雷が次から次へと炸裂(さくれつ)するかのように、驚愕(きょうがく)が広がってゆくのである。とにかく、この異常な記憶力は何だ(!)。
たとえば、綿花にたかる害虫を「つまみあげてよーく見てやった」ら、「やつは口先を花芽や実の莢(さや)につきたて、今度は自分の尻尾(しっぽ)をそのまわりに撃ちこんで卵を産み付ける」と、ショウは回想する。このファーブル顔負けの観察眼を、彼は自分たち黒人の世界と、それにのしかかってくる白人の世界に向け、しかもドキュメンタリー・フィルムみたいに克明に再現しえたのである。
かくして成立した本書は、私の中の図式化されたディープ・サウスの黒人世界を大きく塗り替えた。白人地主のように振る舞う黒人地主がいる。小作人のショウに雇われて綿つみをする貧しい白人たちもいれば、おのれの卑劣な仕打ちの数々を、死ぬ前に黒人たちに詫(わ)びてまわる白人商人もいる。とはいえ、黒人は白人の圧倒的な支配下にあり、あの手この手の巧妙な手口で、しぼりとられるままに一生を終える者が大半なのだった。
かつての黒人奴隷の子として生まれたショウは、読み書きがまったくできなかった。が、恐るべき観察力と記憶力に加え、用心深さと粘着質の行動力によって、白人地主らからの迫害をひとつひとつ退け、やがて自動車まで所持する成功者となる。ショウの背骨を貫いていたのは、「自分を大切にし、誇りを失わない」気概であった。
その彼も、だが、白人たちからの銃撃にやむをえず応戦したあげく、不当な懲役12年の獄中生活を強いられる。それでも辛抱強く耐えに耐え、59歳で釈放されるや、「わしの一生の中で一番激しく働いた」と言うくらい、再び野良仕事に没頭するのだ。最近かくも鼓舞された自伝を、私は知らない。
ショウは、よき家父長として懸命に生きた。しかし、自ら耕し広げた綿花畑から子供らは次々に去ってゆき、最愛の妻にも先立たれ、孤独な老人となった彼の前に、若い白人の大学院生、つまり本書の著者が現れる。合計120時間ものインタビューをまとめた作品は、アメリカで1974年に発表され、大きな反響を呼んだ。その邦訳の出版が今日にまで至ったのは、南部農村の“黒人英語”や、英文法からはずれた独特の表現が頻出したためである。幾度もの挫折を乗り越え、全訳に成功した訳者父子に敬意を表したい。
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Theodore Rosengarten 44年生まれ。米国の歴史家。