■幅広い題材、手堅い作風で直木賞
直木賞は往々にして、その作家の代表作よりも、どちらかというと小粒な佳作に授与されがちである。第百三十五回の直木賞を受賞した三浦しをんの『まほろ駅前多田便利軒』も、それから本書もその例にもれない。
ここには短篇(たんぺん)が六作収められている。表題作は、国連難民高等弁務官事務所に入った女性の愛と理想を、元夫の事故死をからめて描いている。国連の難民救済という難しいテーマに挑戦したことと高い社会性が受賞の決め手になったようだが、不安と絶望を象徴する“風に舞いあがるビニールシート”は鮮烈に焼きつくものの、肝心の元夫婦の葛藤(かっとう)とそれぞれの肖像が弱い。残酷な戦場と対照になるはずの二人の生の燃焼、たとえば性描写が生彩を欠いていることも原因のひとつだろう。
社会的なテーマを正面から見すえたものよりも、むしろサイド・ストーリーにした「犬の散歩」のほうが起伏にとんでいて面白い。表題作のような肩肘(かたひじ)張ったところはなく、犬たちの餌代のために夜はスナックで働く主婦の生活を生き生きと捉(とら)えつつ、「ボランティア」の意味を優しく問いかけていく。終盤の義母との会話がやや臭いけれど、ちょっと泣かせる短篇だ。
一番の力作は、仏像の修復師たちの生き方を描く「鐘の音」だろう。仏像の官能的な美しさ(それは作中には出てこないが土門拳の写真を見れば一目瞭然<りょうぜん>)に魅せられ、人生を狂わせた男の話である。仏像修復の過程で知る信仰の基盤を揺るがす重大な事実を、師匠との確執を交えてスリリングに物語っている。
その他では女性社長に振りまわされる女性秘書の意地をしたたかに示す「器を探して」、男たちの絆(きずな)を軽妙に描く「ジェネレーションX」も佳篇といえるだろう。
シリアスなものからコメディタッチの作品まで、題材も幅広く、作風は実に手堅い。個人的には、児童文学から出発した作家にありがちな常套句(じょうとうく)の無造作な使用、視点の揺れ、唐突な情報提示が気になるが、それは今後の課題だろう。受賞を機にさらなる飛躍を期待したいものだ。
◇
もり・えと 68年生まれ。『リズム』で講談社児童文学新人賞を受けデビュー。