■他者への施しという優越感を払拭して
かつて学生が言った言葉。「大学は嘘(うそ)つきだ。国際協力がウリの学部なのに、卒業後国際協力の就職先なんかないじゃない」。ある政府機関職員の愚痴。「国際貢献がしたくて就職したのに経理事務ばかりでうんざりだ、といって、若者がすぐ辞めていく」
結局、皆考えるのは、世界のために何かしたいけど私の努力は本当に役立つのだろうか、ということだ。
本書には、あきれ果てるような援助の問題が綴(つづ)られる。国際援助機関が組織の生き残りや予算消化ばかり考えて、現地のニーズを無視していることや、途上国の開発プロジェクトが無責任体制のもとに放置されていること、「1億ドルに満たない救援物資を輸送するのに40億ドルもの費用がつぎこまれる」多国籍軍の「人道援助」などなど。
「人助け」の美名のもとに、それがいかに別の目的に利用されたり、不適切な介入や主義主張の強要に繋(つな)がったりすることか。開発援助機関は「家にやってくるだけでも迷惑」なのに「何でも良く知っているから自分に任せろと言い張って、その家の家事をとりあげる」危険を孕(はら)んでいる。
だが、著者が国際援助に否定的なのでは、全くない。四半世紀も開発援助のプロだっただけあって、問題解決への強い意思が溢(あふ)れている。中途半端な支援は事態をさらに悪くするが、だからといって「苦しむ人々を放っておく」のではなく、「もっとよい仕事」を目指すべきなのだ。
そのために、国際機関や各国政府の組織的改革の必要性を説くが、なにより「援助する側がまず自らを変えること」が強調される。「『他者』は私たちの助けを必要とし、依存しているという固定概念」を捨てなければならない。他者への施しという優越感を払拭(ふっしょく)することによって初めて「他者を適切な形で助けることができる」。
必要なのは、個人個人が、自分の立ち位置で何が出来るか考えることだろう。冒頭の学生に会ったら、こう答えたい。「助けを請われる仕事を探すのではなく、今いる場所でどう助けられるかが大事なんだよ」、と。
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Michael Edwards