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書評

きみがくれたぼくの星空 [著]ロレンツォ・リカルツィ

[掲載]2006年07月30日
[評者]角田光代(作家)

■鋭く深く描く80歳の恋と「恋以上」

 帯にはラブストーリーとある。しかしこれをラブストーリーとくくってしまっていいのだろうか? 読みながら私は幾度もそんな疑問を抱いた。読み進むにつれ、恋愛というものをはるかに超えた小説に思えてくるのだった。

 妻を失い、脳血栓を患い、老人ホームに入った八十歳の物理学者トンマーゾは、そこでおこなわれるいっさいに我慢がならず、悪態ばかりついて「ミスタークソッタレ」の異名をとる。ホームで暮らして四年目、彼は奇跡を体験する。同じくホームにきた七十代の女性エレナとの出会いである。北風と太陽の物語のように、エレナはその愛で、トンマーゾのまとった重たいコートを脱がせる。諦観(ていかん)、絶望、嫌悪、恐怖——負の感情の詰まったコートを。

 かつて老人ホームを運営した体験を持つ著者は、老い、というものの正体を、ユーモアとアイロニーを交えて、鋭く描き出す。思考ははっきりしているのに体が思うように動かない苦悩、見知らぬ若者に子ども扱いされる屈辱、そして大切な記憶がどんどん遠ざかっていく恐怖。

 トンマーゾはかつて名の知られた物理学者だった。世紀の発見に年月を費やし、あと一歩というところで自らの研究に大きな欠陥を見つけ、天文学者へと路線変更する。銀河の運動について研究を重ねていた彼が、ある日、病に敗れる。おむつをし、食べ物をこぼす自分を強く嫌悪し、彼は自殺まで試みる。

 語り口は軽やかだが、思わず私は、生きていくこととはなんであるのかと考えた。死ではなく、生の意味を。それがなんなのかわからなくなりかけたとき、トンマーゾと同様、読み手である私もエレナに出会うのだ。人生そのものを、自分と同様他人をもまるごと受け入れている、聡明な女性に。

 この二人のあいだに交わされたものが、恋愛だと私にはどうしても思えない。老いてしか手に入れられないものをたしかにトンマーゾは得る。ここに描かれているのは、恋愛でもなく死でもない、人がその生を生ききることだと、私には思えて仕方がない。

    ◇

CHE COSA TI ASPETTI DA ME?/泉典子訳/Lorenzo Licalzi 56年生まれ。イタリアの作家、心理学者。


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関連情報

    書籍詳細

    表紙画像

    きみがくれたぼくの星空

    • 著者: ロレンツォ・リカルツィ
    • 出版社: 河出書房新社
    • ISBN: 4309204619
    • 価格: ¥ 1,680

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