■怖くて暗くて懐かしい「胎内小説」
「目」でなく、「耳」で読む小説である。読んでいると目が退化して、耳が異様に敏感になってくる。言葉のなかから、音が聞こえる。その音が立ち上げていく情景は、普段、わたしたちが見ているような、ピントのあった日常と少し違う。見えている表層の後ろ側に、何枚もの記憶の層が重なっていて、全体が、ぶれて震えているのである。
それは特定の個人の記憶というよりも、不特定な記憶の集合体という感触をもっている。胎児というものは羊水に揺られながら、こんな風景を夢見ているのかもしれない。
異国の小さな森のはずれに、「僕」と息子が暮らしている。息子はまだ小さい。妻は二人目を妊娠中で、出産のために実家に帰っている。二人の生活は、それ自体が、胎内的な空間である。森から聞こえる奇妙な音、奇妙な人々が、境界を安々と通過して、家の内へと侵入してくる。
四編の連作で構成されているが、なかでも、「古い皮の袋」が一番怖い。メンドリに喰(く)らいついた小犬・アブリルを処罰するため、古い皮の袋に、両者を入れて棒で叩(たた)きのめす農夫。かつて見たというその記憶を、息子は父にありありと語る。彼はそれをどうやら胎内で見ていたらしい。
古い皮の袋のまっくらな内部——わたしもかつて、そこにいた。まだそのなかに、いるような気もする。
物語が進行していくに従って、妻の胎内でむくむくと育っていく、生命の存在が感じられるが、一方でそれが外界へ出てこられないよう、押し込めておこうとする無言の敵意や悪意も漂う。
確かに、小説では最後まで妻が戻らず、当然、赤ん坊も生まれた気配はない。妊娠は永遠に続くのである。胎児は、ずっと胎児のまま、胎内でじわじわと老人になり朽ちていくのか。この世に現れ出なかったその「胎児」こそが、この物語の真の統率者であったような気がする。
大人が堪えて生きている哀(かな)しみが、透明なものとしてここに結晶している。
赤ん坊のように大声をあげて泣きたくなった。怖くて懐かしい「胎内小説」だ。
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おの・まさつぐ 70年生まれ。作家。『にぎやかな湾に背負われた船』で三島賞。