■民俗学者が写した昭和の風景の「今」
企画が抜群の本だ。主役は、生涯の4000日を旅に暮らした民俗学者・宮本常一と、彼の写真で切り取られた昭和の懐かしい風景及び人物達(たち)。
「多くが、やがて消えゆくに違いない」との思いから、宮本は民俗調査や農業指導で訪ねた先々で、様々なものにレンズを向けた。本書はそこに記録された風景と人物を追い求め、宮本生誕の地・山口から九州まで彼の足跡を多くの新聞記者が取材したルポだ。
貧しくも、自然の美しさと心の豊かさがどこにもあった。戦後から高度成長期を挟み、激しく変貌(へんぼう)した日本。物質的豊かさを獲得した一方、失ったものは大きい。宮本が撮った写真と、同じ場所の今を取材した記者達の思いのこもった文章は、この30年、50年の間に日本人が何をどう失ったかを強烈に訴えかける。
撮影場所の多くは、離島や辺鄙(へんぴ)な町や村。高度成長から取り残された所だ。宮本の古い写真には、まだ元気だった農業、牧畜業、林業、漁業、製塩業など、日本を支えた第一次産業と結び付く風景が活写されている。今残っていれば、自然と人間の営みが調和した文化的景観の価値を持つものばかりだ。
開発で道路や橋が建設される以前、宮本が訪ねた離島や海辺の古い町や村には、港に船の賑(にぎ)わいがあった。連絡船でだけ他の地域と経済も文化も繋(つな)がっていた。宮本は生活改善のため橋や道路の建設を応援はしたが、地域の自立こそが重要だと説いた。だが現実には、便利になるほど都会に力を奪われ過疎が進んだ。
シャッター通りと化した商店街の賑わいも今は懐かしい。山口県柳井の町での宮本の観察眼は鋭かった。彼に批判された銀座の名前をもつ商店街は今や寂れ、逆に評価を受けた無名の伝統的町並みが観光の切り札となっている。宮本は優れた民俗学者である以上に、地域の生き方に対し慧眼(けいがん)を示し、彼の言葉が地元の人々を勇気づけたのだ。
人口減少化の成熟社会を迎えた日本。小さな町の自立や生活を切り捨て、首都圏や大都市への集中をこのまま続けてよいのか。本書はそう問いかけているようにも見える。
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九州、山口各県の支局、総局などの記者31人が執筆。