■不幸さえ糧に。強い女の一代記
大正3(1914)年、東京・日暮里の路地で遊ぶ幼い希以子(きいこ)に、私たち読み手は三味線の音のなかで出会う。希以子には、生みの母と父、姉、養父母がいる。一見複雑な関係だが、希以子は彼らからたっぷりと愛情をもらって、天真爛漫(てんしんらんまん)に育っていく。父母の離縁、生母との別れ、父の大怪我(おおけが)、姉の死を経験しながら、それらに足をすくわれることなく、あっけらかんと希以子は成長していく。
成長した希以子を待っているのもまた、波乱に満ちた日々である。芸者見習いに出、結婚し離婚し、初恋の相手に誘われて満州へいき、幸福な日々を過ごすものの彼の投獄で別れ別れになり、北京で商売をはじめ、そのまま第二次世界大戦に巻きこまれていく希以子の姿をはらはらしながら追っていくと、人の命も人生も、塵(ちり)ほどにも思わず好き放題に翻弄(ほんろう)する時代の強風が見えてくる。
人は時代に生かされるしかないが、著者は、時代に翻弄された女性として希以子を描いているのではない。時代には抗(あらが)いようがないが、しかしその時代を栄養のようにして生きる女の姿を描いている。
自らに降りかかる災難も不幸も、希以子は生きる筋力へと変えていく。天真爛漫でお人好(ひとよ)しの楽天家。希以子の持って生まれた美徳は、時代に奪われることなく、逆に磨きをかけられていくように思えてならない。
冒頭の謝辞から、本書は実話をもとに書かれたと思われるが、まさにこの時代に生きた多くの女たちは、希以子と同様、なぜ自分はこんな時代に生まれたのかと嘆くことはなかったろう。今日一日を生きるのが精一杯(せいいっぱい)で、ほかにどんな時代があるのかなんて想像もつかず、ただ目の前にあらわれる姿のない強敵を、がむしゃらにとっちめて生きていくしかなかったのだ。
小説の終盤で、私たちは、だれに頼ることもなく生きる大人の希以子に出会う。縁の不思議さを思い、吹き抜けた時代の風を思い、希以子と、希以子の陰に数多(あまた)いる女たち——私たちには持ち得ない強さを持ったかつての女たちの姿を思う。
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もろた・れいこ 54年生まれ。作家。『あくじゃれ瓢六(ひょうろく)』で直木賞候補。『犬吉』など。