■日本語のなかを自在に泳ぐ
詩人である著者によるこのエッセイは、さらりと日々のことを書いているが、じつに多くのことを考えさせてくれる。まず私は、自分がいかに無頓着に言葉を操っているかに気づかされた。生まれたときから使っている言葉だから、信頼しきっているのだ。
著者は私より日本語をよく知っているほどだが、言葉や表現のひとつひとつを、疑い、比べ、分解し、日本語のなかを自在に泳いでいるかのようだ。「残雪」という言葉の美しさ、「アバウト」のやさしさ、「ぼけ」の恒久さ、「どうも」の便利さ……ふつうに使っている言葉の個性に、今さらながら気づかされる。
また著者は、郵政民営化について、憲法九条改正について、ブッシュ政権について、平均株価について、じつにウィットに富んだ言葉で、自分の意見を述べている。それがあまりにも明快なので、日本語が母語の私たちは、政治や経済について語るとき、日常とかけ離れた言葉を使う癖があるのではないか、だからそうした問題がなかなか身近に思えないのではないか、などと考えもした。
言葉は海のようなもので、彼方(かなた)へ泳ぎ出せば、さらに広く深くなる。著者に連れられ、私も遠泳をした気分だ。