■戦後の論壇や文壇の見事な見取り図
活字文化の面白さ、大切さを思い起こさせる価値ある本だ。著者は「中央公論」「東京人」のかつての名編集長。「中央公論」が言論界に大きな影響力を持った時期に編集者として活躍しただけに、作家、学者、政治家との交流は広く、この本一冊の中に、戦後日本の論壇、文壇、学界の見取り図が見事に描かれている。
本書の無類の面白さは、語り下ろしの方法から生まれた。著者の思いの丈が実によく伝わる。直接付き合った作家、評論家、学者の生き方、生態が次々に露(あらわ)にされるのだ。
思想的対立が鮮明な時代、総合雑誌もそれを反映した。天皇制批判をよく載せた「世界」や「中央公論」に対し、「文芸春秋」はインテリ批判から出発して皇室記事を掲載し、部数を伸ばしたという。
「中央公論」に載った深沢七郎の「風流夢譚(むたん)」の表現が右翼を怒らせ、暴力行為で中央公論社が威嚇される事件が起きた。労組争議も重なった苦悩の時期に著者はこの名門総合雑誌を率いた。その激動を体験した著者が、近年の雑誌全体のスキャンダリズムと右傾化の傾向には危機感をもつ、という警告は重大だ。
著者の根幹には寛容を尊ぶリベラリズムがある。若い頃、和辻哲郎の倫理に惹(ひ)かれた著者は、社会変革以前に人間の生き方の変革が必要という思想をもった。社会主義には距離を置き、戦後民主主義には懐疑的な立場をとる。論壇の主役として本書に登場するのも高坂正堯らの柔軟で現実的な自由主義者が多い。また複雑な今の時代を見渡し論壇を活性化させた功績を越境者、山口昌男と山崎正和に見る。
著者は60年代後半の全共闘運動が歴史上の重要な転換点だったと考える。三島由紀夫の自決、その後の文壇の変化、日本人の精神構造の変化などがそこから始まった、と。
中央公論社を去った著者は、天下国家のみ考えるのをやめ、足下の都市の風景や文化に関心を向け、様々な出会いから「東京人」を創刊した。都市文化を軸とする斬新な総合雑誌の企画は卓見だった。
言論史の現場を知り尽くした著者の忌憚(きたん)のない話は多くの人を刺激するに違いない。
◇
かすや・かずき 30年生まれ。評論家。著書に『反時代的思索者』など。