■幻想的な旅が見いだす美の強靭
不思議な小説である。あるとき「私」は、とうに亡くなった姉から電話を受ける。鏡台の引き出しに隠してあるノートを持って、パリにいってほしいと姉は告げる。そうして「私」はパリに向かい、ここから舞台は、現在と過去、かつて姉が滞在していた1939年のパリが交差する。
語り手の姉、カヨは、その年、画家である恋人を追いかけてパリへとやってきたが、彼は模写しか描けないことに絶望して自殺してしまう。残されたカヨは、美術学校に通うユダヤ人女性と愛し合うようになるが、やがて迫りくる戦禍に、パリを去りマルセイユへと逃れていく。
1944年、マルセイユを占領していたドイツ軍から全市民に退去命令が出されると、カヨは日本領事館の面々とスペインを目指し逃亡する。が、フランス側に捉(とら)えられ、捕虜になる。戦後日本に戻るが、原因不明のまま失明し、自動車事故で亡くなっている。
亡くなったはずの姉とパリで落ち合った「私」は、かつて彼女がたどったパリ、マルセイユ、ペルピニャンへと旅をする。第二次世界大戦時のフランスを緻密(ちみつ)に再現しながらも、浮かび上がるのは、体験の悲惨さではなく、それよりさらに強烈な光である。パリに生きた芸術家たちの息遣いと、その後も在り続ける芸術の力。それらが鮮烈な光となって、作中に点滅している。
著者は、藤田嗣治が見たパリを、ボーヴォワールが見たパリを、ベンヤミンの見たマルセイユを引用しつつかいま見せ、セザンヌの生きたエクスを、ダリの愛したペルピニャン駅を、マチスが暮らしたニースを鮮やかによみがえらせる。戦争が、いや、時代が何を奪い何を奪えなかったのかが、幻想的な旅のなかに立ち表れる。美という、人の闘いよりもよほど強靭(きょうじん)なものが強い色彩を放っている。
失明したカヨはかつて弟に「目が見えなくなってからものがよく見えるようになった」と言った。亡き姉と過去を経巡る「私」とともに、まさにカヨに手を引かれ、目を閉じたまま感じるような小説である。
◇
集英社・1995円/つかさ・おさむ 36年生まれ。作家、画家。「犬」で川端康成文学賞。『紅水仙』など。