■描き出された米国CIAの「惨状」
私を含む、ベトナム戦争を知る世代には、アメリカにまつわるふたつの神話があるような気がする。“CIA(中央情報局)神話”と“ジャーナリズム神話”である。
私見では、同時多発テロからイラク侵攻にかけての日々、誰かの台詞(せりふ)ではないが、「アメリカのジャーナリズムは死んだ」と思った。翼賛報道一色に塗りつぶされ、ベトナム戦争やウォーターゲート事件で論陣を張った頃の輝きは、見る影もなくなっていたからだ。
かたや“CIA神話”のほうは、しぶとく脳裏に残っていた。そのイメージは、底知れぬ情報力と工作力を併せ持ち、ときにえげつない謀略をも辞さない秘密組織といった、われながら素朴なカリカチュアである。もしあなたも同様のイメージをお持ちなら、本書によって木っ端微塵(みじん)に粉砕されるはずだ。
著者が描き出すCIAの現状は、「惨状」と言っても過言ではない。イラクにもイランにも、CIAはまともな情報網を構築していない。イラク侵攻前に大量破壊兵器の存在を証明しえなかった事実や、その後の戦況の泥沼化を示す報告は、途中で握りつぶされ、大統領と側近たちにとって「聞きたい」情報だけが伝えられてきた。
著者の大スクープのひとつは、CIAが在米イラク人たちをスパイとして本国に送り込み、かつて核開発に従事していた科学者らを通じて、現在は「核開発計画など存在しない」との明言を得ていながら、CIA内部の縄張り争いのせいでホワイトハウスに伝達されずに終わってしまった出来事である。開戦数カ月前の実話だが、ブッシュはそれを知ったとしてもイラクに攻め込んだのではないか。
もうひとつの大スクープは、NSA(国家安全保障局)が内外の膨大な電話を盗聴し、電子メールも盗み見ている行為を暴露したことで、アメリカ国民にはさぞ衝撃的であろう。
著者によれば、ブッシュ政権は事実上、ラムズフェルド国防長官とチェイニー副大統領に乗っ取られている。彼らは、国務省を蚊帳の外に追いやり、CIAを手玉にとって、情報機関の軍事化を着々と推し進めてきた。これは軍と情報機関を峻別(しゅんべつ)する国是に反する、「最悪の致命的遺産」になりかねないと、著者は厳しく批判している。
こうした見方には、たしかに“図式化”のきらいがある。おそらくはCIAや国務省、国防総省の反主流派と元幹部らがおもな情報源であろうから、逆・情報操作に陥る危険もないわけではない。だが、インテリジェンスの世界に精通した著者が繰り出す情報の質と量は圧倒的で、通り一遍の批評など寄せ付けない迫力に満ちている。アメリカの“ジャーナリズム神話”を再び信じたくなるような、調査報道の底力を感じるのだ。
私が本書を真っ先に読ませたいのは、先日の国会答弁で、イラク侵攻時に「大量破壊兵器が存在すると信じるに足る理由があった」などと前任者の強弁を繰り返した『美しい国へ』の著者である。ちなみに、「美国」とは中国や韓国では「アメリカ」の謂(いい)だが、もちろん単なる偶然であろう。
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STATE OF WAR/伏見威蕃訳/James Risen 55年生まれ。米ニューヨーク・タイムズ紙記者。06年、ピュリツァー賞(国内報道部門)受賞。