■持ち込まれた変革の思想の系脈をたどる
知りて行わざるは未(いま)だこれ知らざるなり。目前に不正を見たら、ただちに正さなければ気が済まない。「知行合一(ちこうごういつ)」の標語で有名な陽明学のエッセンスである。
明の王陽明に始まるこの儒学の一潮流は、幕末の日本で本家から独り立ちし、行動的な変革思想として強い影響力を持った。たとえば、三島由紀夫が最晩年の「革命哲学としての陽明学」で特筆したのは大塩平八郎・吉田松陰・西郷隆盛の3人である。
自分でも「反・陽明学的な心性を持つ」と認める若い著者は、日本陽明学に対して意地悪なまでに醒(さ)めたスタンスを保つ。大塩の蜂起は「成功する見込みもない暴挙」、松陰は「自己陶酔」。こう身も蓋(ふた)もなくいわれると評者の年齢では何だかムッとするが、意図的な挑戦かもしれないと思い返して先を読む。
近代日本の思想界に持ち伝えられた陽明学の系脈をたどる作業が本書の眼目だ。
著者の見るところ、日本陽明学の特色は「純粋動機主義」にある。動機が正しければあまり政治的結果を問わない《動機オーライ主義》といってよい。幕末維新の峠を越えた陽明学は、一回的な思想史上の役割を終了せず、この形質を優性遺伝子として保存させながら、多種多様な思想と習合して、一貫してしぶとく生き延びる。
陽明学の本流は今や日本にあると豪語したのは三宅雪嶺である。この「革命哲学」は大正天皇の侍講になった三島中洲によって宮中に入り、内村鑑三の手でキリスト教と合致させられ、井上哲次郎の労作でカントと調和するに至った。大逆事件の幸徳秋水にも大川周明の国粋主義にもひとしくその影が落ちている。赤色陽明学・白色陽明学どちらもOKなのである。最近では「歴代宰相の師」といわれて政界の黒幕視された安岡正篤の名前が記憶に新しい。
それにしても本書の巻頭と巻末で、「心の問題」を信条として靖国神社参拝を続けた前首相をクローズアップしているのは、陽明学の相場低落なのだろうか。それとも心性相容(あいい)れない著者による陽明学の戯画化だろうか。
◇
こじま・つよし 62年生まれ。東京大学大学院助教授(中国哲学)。