■都市づくりの根幹に、未来への提言
路地が今、注目されている。つい最近、ドイツから建築と文学の女性研究者が東京の路地で博士論文を準備中と言って、別々に訪ねてきたのには驚いた。また芸大の女子学生が北千住の路地を若い感性で描いたビデオ作品を見て、新鮮な感動を覚えたものだ。
路地と言えば従来、防災上も危険な、暗くて貧しい否定的存在だった。だが、近年の大型開発で都市が単調で退屈になるにつけ、逆に路地のもつ魅力に人々が惹(ひ)かれる。日本の都市を特徴づけ、よく話題になる路地だが、それを真正面から研究し書かれた本は意外にもなかった。それだけに本書は価値ある路地論だ。
著者は、実践的都市史研究家。東京を歩き尽くし、隅々まで知っている。同時に、古地図を今の地図に重ねて変遷を追う術(すべ)に長(た)け、都市を読む研究を次々に発表してきた。その経験が本書に結実した。
路地と聞いてすぐ思うのは、裏長屋が並ぶ江戸庶民の生活空間だろう。だが著者は意外にも、明治初めに遡(さかのぼ)り今も残る銀座の近代路地への思いから出発する。路地という懐かしい伝統空間に、現代的視点から新鮮な光が当てられる。本書を読むと、日本の町の体質として、路地的な空間がどこにも再生産された歴史がよく分かる。まるで遺伝子が受け継がれるように。
その空間は実に多様だ。江戸起源の佃島、菊坂、下谷・根岸、明治・大正期の銀座、月島、神楽坂、谷中・根津。昭和初期では渋谷百軒店や築地場外市場、戦後は駅前の闇市を引き継ぐ界隈(かいわい)、そして高度成長期以後のポストモダンの渋谷スペイン坂や代官山、といった風に。
今の東京に潜む、様々な時代を語る路地を著者と共に訪ね、場の雰囲気を身体で感じる楽しみを疑似体験できるのが、この本の面白さだ。路地を語る時に陥りがちな懐古や趣味の世界を越えて、日本の都市形成の特質を理詰めで描く点がよい。しかも、路地の精神が都市づくりの根幹に据えられるべきだ、という未来への強いメッセージが込められている。皆さんも読破すれば、大都会に潜むラビリンスにめっぽう強くなれますよ。
◇
おかもと・さとし 52年生まれ。岡本哲志都市建築研究所代表。