■無駄に見えて大切な楽しみ
喫煙者が、ほとんど軽犯罪者のように扱われる昨今に、喫煙をテーマにした本を出版するその心意気がすばらしい。執筆者は、開高健、藤沢周平、赤塚不二夫、田中小実昌と、数え上げればきりがないほどの豪華さである。最初から終わりまでみっちり、煙草(たばこ)、煙草、煙草の話。
煙草を通して時代が見えてくる。戦前の煙草の銘柄、空襲のただ中に防空壕(ごう)で見た煙草の火、戦後、物資不足のときに拾って歩く他人の吸い殻。数人が「火を貸す」という行為について言及しているのが興味深い。知らない人同士の距離がすっと縮む、緊張と親和の入り交じる瞬間が、それぞれの筆で書かれている。こんな光景は、今はもう見ることができない。
遠藤周作は煙草について「無駄にみえても、その無駄が人間のうえに大切なような楽しみなのである」と書く。本書はまさに、無駄ながら大切な瞬間を、ていねいに集めてある。仕事や日常からふっと遠くを見遣(みや)るような、ささやかながら貴重な時間を詰め込んだような随筆集である。
それにしても、かつての文人は喫煙マナーにじつにうるさかった。煙草よりも、格好悪い吸い方のほうが、害だったのである。