■謎の奥深くへ、強く切ない凝視
誰にでも偏見はあるけれど、僕の偏見を一つだけ言わせていただくなら、トマス・H・クックを知らない人は小説ファンではない。トマス・H・クックを読まずして現代小説を語ることはできない。アメリカ探偵作家クラブの最優秀長篇(ちょうへん)賞を受賞した『緋色(ひいろ)の記憶』(文春文庫)、家族を殺した父親を追及する『死の記憶』(同)、取調室を舞台にした息詰まる密室劇『闇に問いかける男』(同)など、複雑巧緻(こうち)なプロットと切々たる哀愁の人間ドラマで読者を圧倒する。ミステリのファンのみならず純文学のファンをも満足させるし、両方の分野においても、クックほどの小説巧者は数えるほどしかいない。それは新作の本書を読んでもわかるはずだ。
写真店を経営しているエリックは、教職につく美しい妻とおとなしい息子との生活に満足していた。だがある日、八歳の少女エイミーが行方不明になり、ベビーシッターの息子キースに疑いがかかる。誘拐して性的暴行に及び殺したのではないかというのだ。エリックは憤慨するが、エイミーの両親も町の住民たちも疑惑の目を向けだす。やがてエリックは自らの家庭生活、さらには自分が生まれ育った家族の秘密にも気づきだす。
他のクック作品がみなそうであるように、ここでは誰もがみな弱さを抱え、いえぬ傷をもち、激しい不安のなかで生きていて、ある者は倒れ、ある者は破滅へと突き進む。人々は対峙(たいじ)し、交錯し、事実を探り合い、奥深く埋め込まれた謎を解きあかしていく。その巧緻な仕掛け、堅牢(けんろう)なプロットはさすがにクックである。スリリングなミステリ的昂奮(こうふん)と優れた人間ドラマの点で、前記三作には及ばないものの、それでも小説の醍醐味(だいごみ)を充分に味わわせてくれる。
とはいえ、正直いって、辛(つら)く哀(かな)しい小説である。読後感は苦く厳しいけれど、それでも随所で語られる諦観(ていかん)は人生の真実を照らし、絶望感を抱く者には何がしかの慰謝を与えるし、幸福と思いこむ者にはいずれ訪れる絶望のレッスンになる。それほどクックの凝視は深く、強く、切ないのである。クックを読め!
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村松潔訳/Thomas H.Cook 米国作家。47年生まれ。今作でバリー賞受賞。