■薔薇作り主婦の失踪 圧倒的な暴走
あの馳星周が帰ってきた! ここ数年、意図的に暴力と性描写を抑えた物語を作っていたが、ただ狙いも出来も悪くないものの(『雪月夜』のような秀作も生まれたが)、充(み)たされないものがあった。しかし本書で戻ってきてくれた。熱く激しい物語の世界、人物たちが劇的に対決し、感情が沸騰するような凶暴なる狂気の世界がここにある。
物語は、元警部補の徳永が警視総監の井口の家を訪問する場面から始まる。五日前から行方不明になっている、井口の娘の菜穂の調査依頼だった。菜穂は一昨年に結婚し、趣味の薔薇(ばら)作りに精を出していた。徳永は早速薔薇作りの仲間の主婦たちと会うが、彼女たちの行動には不審な点があり、深く追及していくと、隠された秘密が見えてくる。
スタイルは一人称一視点でテーマは失踪(しっそう)人探しである。これはもう典型的な私立探偵小説。徳永が借金まみれで酒びたりというのも、ハードボイルドにありがちな“うらぶれた探偵”だし、やがて見えてくるSMクラブや警察の腐敗もお馴染(なじ)みのものだ。
ノワールの旗手が、オーソドックスな私立探偵小説を書いたとみえるが、それは前半のみ。馳星周のヒーローにしては珍しく正義を求めるのだが、警察内部の権力闘争にまきこまれて暴走していく。この暴走が圧倒的だ。下巻の中盤から怒濤(どとう)の暴力と熱情の世界が繰り広げられ、息をつめて読んでしまうことになる。
だが従来のような抑圧された感情を解き放ち、カタルシスを得る物語ではない。馳星周はあくまでも人間の深層意識にある破壊衝動を見据えている。“狂乱の世界で、わたしは己だけを恃(たの)みながら生きてきた。だが恃むべき己が崩壊し形を失って”しまったいまどうなるのか。人は性と暴力の奴隷になるのかを探る。
性と暴力のアナーキーな快楽を徹底的に追求し、同時に快楽への深い畏(おそ)れも視野にいれて、壊れた自己の残骸(ざんがい)を生々しく描破する。読者を厳しく選ぶが、ノワールの王者ジェイムズ・エルロイの凄(すさ)まじい狂熱と、現代ハードボイルドの雄、北方謙三の沈潜した内面凝視が出会った傑作だ。
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はせ・せいしゅう 65年生まれ。作家。96年、『不夜城』でデビュー。