■命の尊厳と哀しみで「奇跡の渦巻き」
ガルシア=マルケスの全小説が、いま、相次いで刊行されている。現在、手にすることができるのは『わが悲しき娼婦(しょうふ)たちの思い出』、そして『コレラの時代の愛』。川端康成の「眠れる美女」に想を得たという前者は、2年前に発表された新作だが、後者のほうは、21年前に刊行された、怒涛(どとう)の長編。
どちらの作品にも、老齢・色好みの男主人公が登場する。女の魅力にあまりに易々(やすやす)と傾く彼らは、死が常に至近距離に意識されている分、粋で軽妙、ユーモラス、尊厳があって哀(かな)しみに満ちている。
『わが悲しき娼婦たちの思い出』は、「満90歳の誕生日に、うら若い処女を狂ったように愛して、自分の誕生日祝いにしようと考えた」男が、14になるかならないかの娼婦と数度、機会を持つも、少女が眠りこんでしまったりで、うまくことが運ばずという、その顛末(てんまつ)を描いたもの。
一方、『コレラの時代の愛』は、半世紀、一人の女を思って、独身を貫いた男の話。一途とはいえ、この男、その都度気のむくまま、様々な女性遍歴も重ねてきた。内戦やコレラ流行などで、至るところに死体がころがっている、そういう時代を背景として、男は女たちとの肉体的恋愛に燃えるが、物語の最後、意中の人と船旅に出たとき、二人は既に70を超えていた。老醜のすえた匂(にお)いを自他の肉体にかぎ、二人は皺(しわ)よった皮膚で愛しあう。
少女を斡旋(あっせん)した、娼家の女主人は言う。「まじめな話、魂の問題は横ヘ置いて、生きているうちに愛を込めて愛し合うという奇跡を味わわないといけないわ」。うん。そのとおりね。そしてマルケスの作品は、実にその奇跡の渦巻きで出来ている。
男が女を愛するというシンプルな物語の骨組みを、南米・コロンビアのエキゾチックな風景描写が肉付け、豊穣(ほうじょう)なイメージが作中を乱舞する。とにかく飽きさせないのは、さすがマルケス。
訳者による「解説」は、読後のもう一つの楽しみである。マルケスの世界を俯瞰(ふかん)しつつ、この訳者もまた、渦に巻き込まれた一人とわかる。
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El amor en los tiempos del colera、Memoria de mis putas tristes、木村栄一訳/Gabriel Garcia Marquez コロンビアの作家。『族長の秋』など。