■風呂の中の「女の髪」を恐れる日々も
寺田寅彦といえば、戯歌「好きなもの いちご コーヒー 花 美人 懐手して宇宙見物」で知られるように、科学と文学の間を軽やかに往来したスーパー物理学者である。私もまた、耳の中の音や金平糖の話など日常に潜む不思議を題材にした科学エッセーを愛読してきたひとりだ。
だが本書を読み、寅彦にもっとも似合うのはそのいずれでもなく、晩年の随筆「曙町より」にある「風呂の中の女の髪は運命よりも恐ろしい」という一節だったと知った。
土佐藩士の父と士族の娘だった母をもつ寅彦の生涯を母・亀と夏子、寛子、紳という三人の妻の人生からたどり、「女の髪」の背後にあるひとりの男の心情を描き出した評伝である。著者には、生い立ちや文学の師、夏目漱石との交流を描いた『寺田寅彦覚書』(81年)があるが、前作で伏せた寺田家のいくつかの禁忌も初めて明かされた。
肺病で亡くなった若妻を描いた随筆「団栗(どんぐり)」のモデル、夏子の出生の秘密。四人の子を産み、科学者として絶頂期にある寅彦を支えた寛子の急死。とりわけ多くの紙数が費やされたのが、前作にほとんど登場せず、悪妻との風評があった下町育ちの紳である。
亀との確執や前妻の子との不仲に寅彦も振り回され離婚の危機はあったが、著者は紳の日記やノートなど一次資料をもとに人間らしくふくよかな夫婦関係を浮かび上がらせる。晩年は隠居所の絵図を描き将来の相談をするなど穏やかな日々があった。紳は、自分より先に逝くなという夫の切なる願いに応えたのだ。
もうひとつの禁忌とは、寅彦の父が、刃傷沙汰(ざた)に座し切腹を命ぜられた弟の介錯(かいしゃく)をした「井口事件」に端を発する不幸であるが、ここでは、係累の多い寅彦は一族の「悩める家長」だったという著者の述懐を記すにとどめよう。寺田家とゆかりのある高知浦戸湾に生まれ、遺族の信頼を受けてきた著者だからこそ、寅彦の「受苦の生涯」(友人代表安倍能成の弔辞)が何を意味するか、その悲劇を語る資格と覚悟を持ち得たのだろう。
寅彦の随筆集をもう一度、一から再読したいと思った。
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やまだ・いちろう 19年生まれ。元共同通信社常務理事。著書に『寺田寅彦の風土』。