■狂気の愛の凄まじさ、執拗な筆致
途方もない奇書である。たとえていえば、プルーストをこえる瑣末(さまつ)主義、セリーヌの塁を摩する錯乱、ジョイスに匹敵する内的独白が、滔々(とうとう)として恐るべきお喋(しゃべ)りの激流に溶けこみ、音高く泡を立てているといった趣なのだ。
主な筋立ては典型的な宿命の恋、現代版のトリスタンとイゾルデといってもいい。
舞台は第二次世界大戦を控えたジュネーヴ。主人公のソラルは国際連盟の事務次長を務める中年の美男で、生まれながらの誘惑者だ。この男が一目惚(ぼ)れの恋に落ちる。相手は自分の部下の妻で、貴族出身の美女アリアーヌ。ソラルは夫を出張命令で海外に放逐し、彼女をものにする。
その狂気の愛の凄(すさ)まじさ!まずはそこが読みどころだ。
純乎(じゅんこ)たるロマンチシズムと悪魔的な嘲笑(ちょうしょう)とを混ぜあわせて、愛と性の諸相が病的な執拗(しつよう)さで描きだされる。
おりからのナチスの台頭で、ユダヤ人のソラルは国連から追放される。作者のコーエンはユダヤ人難民のための国際パスポートの起草者であり、物語後半のソラルを呑(の)みこむ受難には、作者自身の個人的な体験がにじみだす。
国籍さえも奪われたソラルは、アリアーヌだけを伴侶として放浪の旅に出るが、物語の後半では、宿命の愛の暗黒面がこれでもかこれでもかと畳みかけられる。引き金を引くのは嫉妬(しっと)である。アリアーヌが短い関係をもった男のことをたねに、ソラルはねちねちと彼女を責める。
その情熱的な愛から絶望的な嫉妬への転換が恐ろしい。そこには明確な理由はなにもないからだ。男と女が社会的な絆(きずな)を絶たれて一緒に生きることの必然としかいいようがない。その必然に導かれて二人は醜悪な心中に至る。理由を欠いた、絶対的な運命悲劇。どうして作者はこんな物語を書かなければならなかったのか。それが最大の謎だ。
とはいえ、上下二段組で千ページ近い大冊の大半を占めるのは、官僚政治、パーティー、家系、ファッション、美食、ユダヤ民族誌等々をめぐる饒舌(じょうぜつ)きわまるトリビアである。結末までたどり着けるのは、選ばれた読者であろう。
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BELLE DU SEIGNEUR 紋田廣子訳/Albert Cohen 1895〜1981年。スイスの作家。