■「日本仕込み」から大成長、新時代へ
日本のプロ野球には、今後破る者が出ないのではないかと言われる記録がある。たとえば大投手・金田正一の四百勝、たとえば“安打製造機”張本勲の三千本安打。二人のルーツは朝鮮半島で、ともに異邦人の親を持つ者が打ち立てた大記録なのだ。
日本チームが世界一に輝いたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は記憶に新しいが、イチローが感情を剥(む)き出しにするほど日本を窮地に追い込んだのは韓国チームであった。そこまでのレベルに達した韓国の野球史と、戦前からの日本との関(かか)わりを軸に描いた本書は、いま書き残しておかねば歴史の闇に消えてしまうにちがいない、貴重な証言に満ちている。
振り返れば、三つの時代があった。戦前、日本で野球を学んだ金永祚(キムヨンジョ)らが、朝鮮半島に野球を根づかせた一九四〇年代と五〇年代から、在日コリアンが実業団野球を盛り上げた六〇年代を経て、ついにプロ野球が誕生した八〇年代へと至る流れである。そこに、むろん多難な歴史が絡む。ある在日の選手は、“帰国運動”で両親が北朝鮮に渡ったため、韓国の公安から凄(すさ)まじい拷問を受け、日本に戻ったあと酒浸りになって早世してしまう。「韓国でも外人、日本でも外人」の彼らが、それでも野球を続けたい一心で懸命に生き抜いてゆく姿を、著者は淡々と描出する。その安易な感傷を排した文体が潔い。
意外なことに、日米よりも「代表チームを築いてきた歴史は韓国のほうが断然長い」と著者は記す。代表監督になった金永祚は、チームを悲願のアジア選手権優勝に導くが、病に倒れ、五十八歳の若さで帰らぬ人となる。その土饅頭(どまんじゅう)に、東京の帝京商業(当時)で一年後輩の、フォークボールで一世を風靡(ふうび)した杉下茂が手を合わせ、戦前からの友情を懐かしむ場面は感動的だ。
WBCの韓国チームは、在日が育てた監督やコーチが率い、日本で首位打者になった白仁天(ペクインチョン)によって素質を開花させられた巨人の李承ヨウ(イスンヨプ)らを主力として勝ち進んだチームであった。アジアの野球が新しい時代に入ったことを、この労作は静かに告げている。
◇
おおしま・ひろし 61年生まれ。ルポライター。著書に『日韓キックオフ伝説』など。