■なぜ壊す?名建築へのオマージュ
日本の都市住宅の歴史にとって、2003年は悲しい年だった。関東大震災後にモダンデザインで建設され、高い評価を得て、人々に親しまれてきた同潤会アパートが次々に取り壊されたのだ。本書はこれらの名建築へのオマージュでもある。
昭和初期に普及したアパートメントハウスは、集合して住む経験は長屋しかなかった日本に、新時代の輝く生活スタイルを導入した。その象徴、同潤会アパートの建物と住民の関係に拘(こだわ)り、建設後の住み方の変遷を深く追跡研究した気鋭の著者が、本書では時代を戦後まで広げ、関西にも目を配って、興味深い集合住宅の数々を探索し、濃密な「生活の記憶」を描き出す。
キーワードは「時間」。欧米では近代の住宅も大切に住み続けられ、時間とともに価値が増す。日本では土地だけが重要で、建物の資産価値は年々減っていく。失われる街の記憶。「国民総記憶喪失」の状況に何とか抵抗したいとの思いが本書を貫く。
登場する23の事例中、同潤会アパートは四つ。女性の社会進出を象徴した大塚女子アパートメント、深川の交差点に見事な外観で聳(そび)える清砂通りアパートメント、居住者が育てた緑溢(あふ)れる中庭をもつ江戸川アパートメント、ケヤキ並木とマッチし外国を感じさせる表参道の青山アパートメント。今は亡き建築達(たち)だが、その濃密な記憶は今後の住まいづくりに生かしてほしい。
民間の手になる木造の愛すべきアパートメントの数々も、著者が掘り出した宝物だ。生活感溢れる古い集合住宅の中に、時間の蓄積を味わえるのが嬉(うれ)しい。モダニズムの集合住宅には、街区型の構成で魅力ある都市景観を生むものが多い。デザインも格好よく、人々が活(い)き活きと暮らした。
消えゆく住宅が多い中、明るい話題もある。本郷にある宗教施設、求道会館の裏に潜む求道学舎が、コーポラティブ方式の設計で、リノベーションされ、集合住宅として見事に蘇(よみがえ)ったのだ。豊かな未来は、過去の経験から学び、文化の遺伝子を次世代に伝えることから始まる。本書のメッセージもそこにある。
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おおつき・としお 67年生まれ。東京理科大助教授。専門は建築計画・住宅地計画。