■マルクス主義の検討から政治哲学へ
著者は分析的マルクス主義の旗手の一人。分析的マルクス主義とは、壮大な歴史・哲学理論を礎とする伝統的なマルクス主義と袂(たもと)を分かち、数理的な手法等を援用して搾取、唯物史観といったマルクス主義のモチーフを現代的に再検討・再構成しようとする知的潮流のこと。コーエンは、ジョン・ローマーらと並ぶこの潮流の中心的人物であり、唯物史観を現代的な形で捉(とら)え返した『カール・マルクスの歴史理論』や、リバタリアニズム(自由至上主義)との対決を通して自由と平等との微妙な関係を検討した『自己所有権・自由・平等』などで知られる。
本書はそんな分析的マルクス主義者コーエンによるコーエン入門である。本書の内容は大きく三部に分けることができる。第一に、カナダ共産党の活動的メンバーだった母親と、ユダヤ人民同盟に所属していた父親のもとで育ったコーエンの自叙伝的部分。彼がどのようにユダヤ文化とマルクス主義的思想を経験してきたかが詳しく語られる。続いて、伝統的マルクス主義のいくつかのコンセプト、史的唯物論にもとづく科学的社会主義、「宗教は民衆の阿片(アヘン)である」という宗教観などが、明快なロジックにもとづいて検討される。そうした作業を通じて、伝統的なマルクス主義者たちが、なぜ「分配の正しい方法とは何か」といった問いを扱う「規範的な政治哲学」を回避してきたのか、ということが問題化され、政治哲学的な問いへと向かうコーエンの立場が明らかにされる。そして最後に、現代正義論の泰斗ジョン・ロールズの議論をたたき台として、平等(主義)という理念が政治哲学的に位置づけられていく。本書の表題にある問い——裕福な平等主義者という立場の道徳性をめぐる問い——は、第十講で詳細に検討されている。
マルクス主義をめぐる追想から、その批判的検討を経て、平等をめぐる政治哲学へ——講義録ということもあり、コーエンの他の本と比べて読みやすい。マルクス好きにもマルクス嫌いにも読んで欲しい一冊である。
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渡辺雅男・佐山圭司訳/Gerald Allan Cohen 41年生まれ。英国の政治哲学者。