■「市場」の存在認め、枠組みを作れ
著者は、国際商取引の専門家。数年前に初めて生殖医療や養子縁組の現状を調査して驚いた。代理母6万ドル、卵子5万ドル、養子縁組3万ドル……これはもはや「市場」だ。それなのにこの世界の顧客は市場に参加しているという自覚がなく、商売の基本ルールがない無政府状態にある、と。
子宮や遺伝子や子供を商品とみなして利益を得る人がいる限り、市場の存在を認め、政府が主導権を握り規制の枠組みを作ることが必要ではないか。それが本書の主張だ。
道徳上の解決は目指さないという前提が挑戦的だし、市場と聞いただけで嫌悪感を覚える人も多いだろう。だが、市場の構造を理解するという一点を切り口に不妊治療や養子縁組の歴史をたどることで、何が市場を活性化させたかが実に明瞭(めいりょう)になるのだ。
治療が失敗しても顧客が医師を非難せず、価格について議論することさえない不妊治療。技術の進歩で自分と血のつながらない子供を産めるようになり、市場化が加速した代理出産。不妊治療と養子縁組が「互いの代替品」としてもつ密接な関(かか)わり……どれも善意の当事者の神経を逆撫(な)でしそうな記述ばかりだ。仮にも子供や子宮を財産権の対象として論じようとする試みが現状追認につながるという批判もあるかもしれない。
だがどんな純粋な物語が背後にあろうと、大金の動く商取引という側面は否定できない。子供を得ることは個人の営みだとしても、長期的に見れば、保険負担や男女産み分けによる遺伝的構成の変化を通じて社会に影響を与える。背景に経済的不平等や人身売買の疑いがあればなおさら、そんな重要な判断を当事者に任せたままでよいかという疑問もある。硬直した生命倫理の議論に突破口を開くためにも、著者のような手法で論点整理してみることもひとつの手かもしれない。そこからこぼれるものがかえって明確になり、よりよい市場をつくる力となる可能性もある。
著者は調査の過程で数々の悲劇を知り、どうすれば子供を守れるかと考えて何度も涙を流したという。市場を「流通」するのは生身の人間だ。
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椎野淳訳/Debora.L.Spar ハーバード・ビジネススクール教授。