■日本語国際化で注目 大胆な文法論
三上章とは、およそ百年前、広島に生まれた文法学者。英語にあるような主・述構造は、日本語にはないと喝破し、「主語」という概念は不要であると主張した人だ。
昔、私は、日本語には主語と述語があり、時に主語は略せると習った記憶がある。略すというのは、元より在るのが前提だが、三上文法はそうではない。日本語にそもそも主語なんてないというのである。半世紀近く前に刊行された著書『象は鼻が長い』は、ロングセラーとなった一冊。「は」という助詞が、主語でなく主題を示すものであり、句点を超えて次々と文にかかっていく重要な係助詞であることが強調されるなど、視界を一気に開く明解さがある。
著者は三十数年前に、留学先のカナダで現地の学生に日本語を教えることになったとき、この三上文法に出会い、目からうろこが落ちた。外国語として日本語を教えるとき、もっとも役立つのが三上文法だったという。それほどの理論が、発表された当時は三上が地方の一数学教師に過ぎなかったこともあって、学界からほとんど無視され、今も少数の理解者を除いて、黙殺に近い状態とは。
一見、不遇に見えるその人生を、著者は丁寧に追いかけていく。音楽にも秀で、反骨精神の固まりであった三上は、虚栄を嫌い、学際的教養にあふれた一種の奇人。友人も多く鋭いユーモアに満ちた人柄だったようだ。でも晩年は、自説が孤立する無力感も手伝って、躁鬱(そううつ)症、パニック障害、被害妄想、こだわりなどの奇癖が現れ、家事すべてをこなした妹・茂子に支えられながらも、生活者としては無残な終末を迎える。
言語構造を解明し、文法という「規範」に沿って、日本語を検証していく作業は、それだけとってみても熾烈(しれつ)なものに違いない。彼にとっての日本語は、そのなかに無意識に包まれて温(ぬく)もっていられるような母国語ではありえなかった。壮絶な孤軍奮闘の一生だが、その志と理論は、こうして遥(はる)か時空間を超えて、人々に知られ手渡されていく。三上の人間と思想に迫る、熱のこもった評伝だ。
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かなや・たけひろ 51年生まれ。カナダ・モントリオール大日本語科長。