■事件で始まり…終盤 抒情の熱と豊かさ
語りは落ち着いているものの、いきなり冒頭からショッキングな事件が語られる。
銀座の個展に出品された肖像画がナイフで傷つけられ、硫酸をかけられたのだ。しかし画家の宇佐美は人事(ひとごと)のような感じを受け、さらに事件を愉(たの)しんでいる自分に気付く。財界の大物である義父を描いた絵は、世界的な評価をうけている宇佐美の唯一の肖像画として珍重されていたが、怒りは湧(わ)いてこなかった。だが、犯人から電話があり、さらなる攻撃を予告されて、事件の背景を探りはじめる……。
『テロリストのパラソル』『ひまわりの祝祭』の藤原伊織のヒーローだから冷静である。斜に構えて、自分の置かれた状況を皮肉に眺めている。しかも“わが思惟するものは何ぞや/すでに人生の虚妄に疲れて/今も尚家畜の如くに飢ゑたるかな。/我れは何物をも喪失せず/また一切を失ひ尽せり。”という萩原朔太郎の詩を愛誦(あいしょう)しているから、ますます韜晦(とうかい)じみて屈折した肖像を見せる。
だが、近年の『てのひらの闇』『シリウスの道』といった藤原の傑作がそうであるように、ここでもヒーローの過去の因縁がゆくりなくあらわれ、宇佐美と義父の秘められた思いが前景へと迫(せ)り出してきて、読者の心を激しく揺さぶることになる。熱きドラマが展開するのだ。
藤原作品はとかくプロットが後半で停滞し、説明に汲々(きゅうきゅう)とすることが多いが、「ダナエ」にはそれがない。実になめらかに一気に物語が運ばれていく。静かな語りからやがてエモーショナルな語りへ、乾いて醒(さ)めた世界から艶(つや)やかで熱い情念の世界へと劇的に移行していくのだ。その終盤で熱を帯びる抒情(じょじょう)の何という豊かさ! 朔太郎が別れた妻の言葉を思い出すたびに“切々たる哀傷”と“人生孤独の無情感”を覚えたというが、ここにもそれらが強く掬(すく)いあげられている。藤原文学を代表する傑作中篇(ちゅうへん)だろう。
本書にはほかに、作者が長年携わった広告業界が舞台の「まぼろしの虹」「水母」の二篇が収録されている。いずれも人生の悲哀と憂愁を、苦いユーモアにくるんだ佳作だ。
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ふじわら・いおり 48年生まれ。作家。『テロリストのパラソル』で直木賞を受賞。