■思想の担い手は「モテないオタク男」?
なんなんだ、この本。真剣なのか冗談なのか、ちゃんとした哲学入門書なのか、近代の恋愛至上主義を憎悪する著者の妄想なのか、さっぱりわからない。だいたい「モテないオタク男」を「喪男(モダン)」と呼べと言われ、「喪男が人生や現実を考える、それが哲学なのだ」と言われても、「はい、そうですか」というわけにはいかない。しかも、その思い込みひとつですべての哲学の歴史を語り尽くそうというのだから、空恐ろしい。「マルクスの哲学もまた、喪男のルサンチマンから生まれています。ですから多くの喪男に支持されたのです」などと言われたら、革命家はみんな泣いちゃうんじゃないか。
でも、この著者の暴走は一度、始まったら止まらない。おかまいなしにゲームやアニメなどの固有名詞を乱発しながら、ブッダにキリスト、ギリシア哲学からドイツ思想、精神分析にポストモダンまでが一気に語られる。「ユダヤ教の神が『巨人の星』の星一徹なら、イエスの神はKeyのPCゲーム『Kanon』の月宮あゆぐらい違います」といったオタク用語乱発の解説に辟易(へきえき)しながらもついページをめくり続けるうちに、「西洋哲学史とは三次元(現実)対二次元(精神)の対立の歴史」という著者の主張がなんだか説得力あるものに見えてくるから不思議だ。「ルサンチマンには善の心(萌(も)え)と悪の心(鬼畜)の両面があるので、我々はその善の心だけを三次元に適用し、悪の心は二次元に留めておかなければならない」といった主張にも、ついうなずいてしまったり。
それにしても、ニーチェにもガンダムにも等しく興味があり、本書の議論について行ける“喪男な読者”が、日本全国でいったい何人くらいいるのだろう。著者も今の日本は「悪夢のような恋愛資本主義社会」になっている、と言っているくらいだから、真の喪男は数百人なのでは。でも、本書で哲学や思想の世界への目が開かれる若い読者は、確実にいそう。ベストセラー『ソフィーの世界』と表裏一体をなすような本だ。どちらが表かは、あえて言わないけれど。
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ほんだ・とおる 69年生まれ。評論家・作家。著書に『電波男』『萌える男』ほか。