■「わたし」の核と核を結ぶ精神の旅
ここに収められた二十一の文章は、旅という経験を通して紡がれた瑞々(みずみず)しい思索の跡である。読者は前提も説明もなく、いきなりある土地のある瞬間へと送り込まれる。そこで私たちが受け取るのは、情報や知識でなく、未知なるものに出会ったときの、悦(よろこ)びや怖(おそ)れ、生々しい情動のほとばしりだ。意味の体系に縛られた身体を、緩やかに解くものが文章から湧(わ)き上がる。
取り上げられている場所の多くは、中東、南米、アフリカの都市など、不安な社会体制下にあり、宗教的対立や貧困を抱えた国。野性に満ちた土地の風景から、そこに生きる人間が炙(あぶ)り出されてくる。
ある章では、サハラ砂漠を通ってアラワーヌという聖地へ。案内人の現地人たちは、驚くべき記憶力と注意力で、目印もない砂漠の道なき道をゆき、目的の地まで著者たちを導く。砂に半分埋もれた「バンコ」と呼ばれる土の家、井戸に皮袋を落として水を汲(く)む方法。読者にとって、見知らぬ地名、見知らぬ言葉が、光となって輝き、風として通過する。
独特の腕力を備えた文章に、読者の魂は、机上から遥(はる)か異郷の地へと吹き飛ばされていくが、その遠心力によってもたらされる眩暈(めまい)が、本書を読む大きなよろこびだ。吹き飛ばされてふと我に返り、自分の今とここが、相対化されて見えてくる。その振幅が、実際の旅のなかに、もう一つ別の、精神の旅を生む。
「地球上の最貧十カ国のひとつ」マダガスカル島は、「絶滅の危機に瀕(ひん)する固有種」が多く棲息(せいそく)するアフリカ南東の島。そこで著者は、言葉も通じない現地の若者に、命と財産を託す。見知らぬ人間を信頼するには勇気が必要だ。だが、ひとたび相手を信頼すれば、相手の側にも、信頼されているという自己への信頼を引き起こし、信頼が信頼を増幅させていくのだとリンギスは言う。そして信頼の絆(きずな)は、社会的な衣をはぎとった、リアルな個人、「わたし」の核と核を結ぶと。
身体の細胞が活性化してくる本だ。タイトルの二文字が、読後、清冽(せいれつ)な響きで胸に刻まれる。
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trust、岩本正恵訳/Alphonso Lingis 33年生まれ。米の哲学者。『汝の敵を愛せ』ほか。