■戦後60年 なお80人以上が入院
亡父の手帳を繰っていたら、一枚のスケッチが見つかった。正座した男の胸の辺りにまで水が押し寄せている。弱々しい筆跡で「助けてください」の文字。ロシア語通訳だった父は、四年半のシベリア抑留中に受けた“水拷問”の記憶を、死の床で蘇(よみがえ)らせていたのだと、そのとき知った。
アジア太平洋戦争は、心を病んだ兵士をも多数生み出した。帰国後も、敵の喚声や銃声の幻聴に悩まされたり、中国で殺害した住民の顔が悪夢に現れ、「特ニ幼児ヲモ一緒ニ殺セシコトハ自分ニモ同ジ様ナ子供ガアッタノデ」苦しみ不眠に陥ったりする兵士が続出した。こうした全陸軍の精神障害兵士の診療と研究を行う「特殊病院」だった千葉・国府台(こうのだい)陸軍病院には、総計一万人を超える精神障害患者が収容されていた。
戦争末期には、知的障害者も根こそぎ徴兵された。「精神年齢九歳程度」の人々が、「オ母サンノ所ニ帰ツテ焼芋ガ喰(く)イタイ」などと呟(つぶや)きながら、戦地に駆り出されたのである。なかには、逃亡や窃盗といった軍令・軍律違反を犯し、「陸軍懲治(ちょうじ)隊」と呼ばれる部隊で「懲治」の対象にされた兵士もいた。このような知的障害者も、戦地で精神疾患を発病すると、国府台陸軍病院に送られていた。そこで記録された膨大な「病床日誌」の分析が、本書の中核をなす。
専門書ゆえ、調査方法やデータの解読にかなりの紙幅が割かれている。読みやすいノンフィクション作品とは異なるが、事務的に記された日誌の中で患者が発する「(上官による殴打は)震ヘルホドニイヤナノデス」や「早ク自分ヲ殺シテクレ」といった言葉に目を留めると、背後に広がる阿鼻叫喚(あびきょうかん)の光景が一挙に眼前に引きずり出されるようだ。
二〇〇五年三月の時点で、なおも入院中の元・精神障害兵士は八十四人を数える。平均年齢は八十代半ば、まさに亡父と同じ世代である。
アメリカの医学専門誌によれば、イラクからの帰還兵の二割近くが心にPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの障害を抱えており、日本でも陸上自衛隊員三人が帰国後、自殺を遂げている。
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しみず・ひろし 36年生まれ。埼玉大名誉教授。著書に『発達保障思想の形成』など。