■退屈をふりはらう赤いラブレター
パーシモン、というのは、色をあらわす言葉らしい。パーシモンレッドといえば、オレンジがかった赤。パーシモンツリーといえば、柿の木。とはいえ、なんともあいまいな像しか結ばれてこない。単なる赤ならば、人は安心して思い浮かべるが、そこにパーシモンがつくと、自分の思い浮かべた色で正しいのか、ちょっと不安になる。まさにこのあいまいな不安感が、小説全体を覆っている。
舞台は都内にある私立の学園。愛と自由をモットーとした幼稚園から大学までの一貫校である。学園創立者である園長は、腹部に腫瘍(しゅよう)ができて入院している。このカリスマ的存在の病状を、学園側はマスコミにも生徒たちにもひた隠しにしている。
また、高等部にはひそやかに語り継がれる噂(うわさ)がある。選ばれた生徒にだけ、「赤い手紙」が届く。それは学園のなかにある秘密の場所にいけるパスのようなもので、それをもらうと学園生活がばら色になる。そんな噂なのだが、しかしどんな基準で選ばれるのか、秘密の場所とはなんであるのか、詳しいことはだれも知らない。知らないのに、待ち焦がれている。
わかりやすい事件は何も起きない。が、ここに描かれているのは平穏ではなく、何も起きないことの不穏さだ。圧倒的な退屈が、膨れ上がった雨雲みたいに学園を覆っている。その雨雲をふりはらうように、高等部に編入した男子生徒は赤いラブレターを書き、ある女子生徒は美術教師と関係を持つ。経済的な豊かさや、わかりやすい美貌(びぼう)、あるいは芸術的な才能。登場する人々は、みなそうした意味で恵まれているが、彼らを分厚い退屈におしこめるのは欠落ではなく、そんなちょっとした過剰であるように思える。
安易な希望、お手軽な救い、一時的な解決を、潔いほど拒否した小説である。垂れこめた雨雲がいきなり晴れることはない。それでもラスト、雲の切れ目にかすかに反射する夕陽(ゆうひ)の色を見たような思いになる。そうして読み終えたとき、読み手は自分だけのパーシモンレッドを思い浮かべることになる。
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いのうえ・あれの 61年生まれ。作家。『不恰好な朝の馬』『誰よりも美しい妻』など。