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書評

聖母の贈り物 [著]ウィリアム・トレヴァー

[掲載]2007年03月11日
[評者]小池昌代(詩人)

■感動を超える痛烈で荒々しい神秘

 カバーの折り返しに、頑固そうな老人の写真。ああ、このじいさんか、と私は思う。深くくっきりと刻まれた皺(しわ)。尖(とが)った耳。眼(め)は鋭い。鋼のような視線。だが口角はかすかに上がり、微笑(ほほえ)みのようなものが浮かんでいる。ウィリアム・トレヴァー。この本の作者。顔から受ける印象は、彼の作品にそのまま通底する。

 あるアンソロジーでこの作家に出会った。容赦がないのに、どこか一箇所(かしょ)、絶望を裏返す温かみのある作品で、一読、しびれた記憶がある。本書はその彼の、本邦初となる短編コレクション。

 三部作「マティルダのイングランド」は、なかでも柱となるすばらしい作品だ。田園屋敷を舞台に、その一角の農場に住む「わたし」の半生が描かれる。途中、第二次世界大戦が勃発(ぼっぱつ)し、父や兄、姉の恋人が兵役に。父は帰らず、母は新しい男を見つける。生地店で働くその人は、やがて「わたし」の父になるが、「わたし」は生涯、彼を好きになれない。

 多感な彼女の心に寄り添ううち、私は「わたし」になりぼろぼろ泣いた。それだけでも十分のはずだったが、トレヴァーは、単なる感動に物語を落とさず、さらに、痛烈で荒々しい神秘をそこに加える。

 物語はここに一人の老女を配するのだが、彼女の存在が、「よくできた家族小説」の枠を壊し、呆然(ぼうぜん)とするような人生の深淵(しんえん)へと、読者を突き落とすのである。そこに至っては、涙も引っ込む。

 トレヴァーの作品には、こうしてリアリティを積み重ねた地上から、不意に離陸する瞬間がある。その聖なる一瞬に作品の命がある。高みから見下ろす著者の視線は、非情さをもって真実を照らし出すが、そのとき読者には涙でなく、より深い、沈黙の慟哭(どうこく)がわきあがるのだ。

 宝石のような一編、表題作を始めとして、本書には、そうなるしかなかった生の悲惨が、至る所、癒えない傷のように口を開く。この作家は、そうした運命の只中(ただなか)にいる人々を、決してすくい上げず、ただ見つめる。あまりに強く見つめるので、私にはそれが「愛」のように見える。

    ◇

 THE VIRGIN’S GIFT、栩木(とちぎ)伸明訳/William Trevor 28年アイルランド生まれの英の作家。『同窓』など。

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