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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]最相葉月> 記事 書評 新たな疫病「医療過誤」 [著]R・ワクター、K・ショジャニア[掲載]2007年03月25日 ■「システム思考」でミスの克服めざす 子宮と腸を間違えて手術、鼻から18年前のガーゼ発見、異なる血液型を輸血……最近、国内で報道された医療過誤の一部だ。これらは表沙汰(おもてざた)となった事例で、氷山の一角だろう。私の家族も、誤診によって病状が悪化した苦い経験をもつ。医療過誤は日本人の死因トップ10に入るという報告もあり、もはや100%安全な医療などありえない。 本書は、年間9万8千人が医療過誤で死亡し、訴訟が頻発する米国を舞台に、医療の安全を研究する二人の医師がこれに真正面から取り組んだノンフィクションだ。投薬ミスや集中治療室へ搬送中のエレベーター事故、患者取り違えなどの事例を挙げ、医師や看護師が何を考え、どう行動し、なぜ事故が起きたかを検証する。個々の事故を横糸でつなぎ、米国第5位の死因を占める医療過誤の本質を見極めようとする。大冊だが臨場感あふれる筆致に導かれ、読み始めたら止まらない。 いったいどんな悪質な医師がいるのかと思いきや、ほとんどがそうではないのだ。事故は実に人間的な理由によって起こる。いや、人間ゆえに「うっかり」誤るといおうか。 たとえば、小児心臓移植の権威といわれた医師が血液型照合ミスで幼い少女を死亡させた事例がある。ドナーが見つかったことを医師に連絡した臓器バンクも、仲介役のNPOも、臓器を摘出した別の医師も、誰も血液型を確認しなかった。当の医師はやっと少女が救えると興奮していた。血液型を確かめるチャンスは何度もあったのに、そんなことは誰かがとっくに調べているはずという思いこみが全員にあった。複数の小さなミスの連鎖がシステム全体を貫通する大きな穴を開ける。感染症のように知らぬうちに甚大な被害が広がる。「疫病」と位置付けた所以(ゆえん)だろう。 近年は医療が高度化・専門化し、チームワークが必要となった。医師がいかに優秀でも申し送りでへまをすれば事故は起こる。ならば、人間は誤りを犯すものだという前提に立ち、組織の安全体制を構築せよ。それが本書が提起する「システム思考」である。具体的には、実用に耐える規則や確認表、研修の整備であり、チームが自由に意見交換できる環境づくりだ。これまでそんなこともできなかったのかと驚くが、多忙を理由に規則破りは日常化し、目上の医師に目下の者が意見をいえないのは日米共通の問題らしい。ぞっとする話だが、申し送りの際に必要な情報を伝えるのを怠った経験の有無を専門家300人に尋ねたところ、全員が、有と答えたという。 加えて、著者が提案するのは、医療従事者と患者を敵対させない「無過失システム」だ。賠償と原因究明を切り離し、患者を早期に救済した上で医療従事者には過誤の報告を徹底させる。導入には慎重を要するが、訴訟で誰かの責任を追及してもシステムの改善につながらなかったという反省が背景にある。 「医療事故を理解するとは、究極的には人間の本性を理解すること」。自らの経験を含め、現場の失態を赤裸に描くには勇気を要したろう。だからこそ説得力をもつ。医療の安全を願う人すべてに読んでほしい力作だ。 ◇ Internal Bleeding/福井次矢監訳・原田裕子訳/Robert M.Wachter,Kaveh G.Shojania 2人は米カリフォルニア大サンフランシスコ校の医学博士。
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