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書評

わたしたちに許された特別な時間の終わり [著]岡田利規

[掲載]2007年04月22日
[評者]斎藤美奈子(文芸評論家)

■ラブホ4連泊の「青春」とイラク戦争

 若手の演劇人が虎視眈々(こしたんたん)といい小説を書いてるんだよねという印象を私は最近もっている。宮沢章夫や松尾スズキがそうであったように、前田司郎も本谷有希子も、戯曲と小説、両方の賞に名前があがる。彼らの特徴は「彼はそのとき思った」式の、これが小説でござい、な書き方とは少しズレていることかな。

 岡田利規の初の小説集『わたしたちに許された特別な時間の終わり』もそう。2編の短編が収められていて、うち1編「三月の5日間」は2005年に岸田戯曲賞を受賞した同名の戯曲の小説版だ。

 舞台は渋谷。筋と呼ぶほどのものはない。「彼」と「彼女」はその夜、六本木のライブハウスで知り合い、初対面のまま渋谷のラブホテルに流れ、そこに4泊して、1度だけ外に出てインドカレーを食べた以外は、ひたすらセックスをしまくり、5日目に渋谷の駅で別れるのである。

 それは夢のような奇蹟(きせき)のような時間であり、「ザッツ青春」といえなくもない。だが、その5日間が2003年3月であるとなれば、話は少し変わってくるだろう。

 〈ブッシュがイラクに宣告した「タイムアウト」が刻一刻と近づいてくるのを、待ち構えるよりほかなく待っている最中〉だったあの3月。渋谷ではデモがあり、2人が出会ったライブハウスで開かれていたのも、やがてはじまる戦争を前提にした通訳つきの英語のパフォーマンスだった。ホテルに入った2人はしかし、テレビをつけず、携帯電話の電源も切り、時計を見ることさえ拒否する。

 日常に戻った後のことを彼らはベッドの上で想像する。

〈久々にテレビ付けるじゃない。ネット見たりね。それで、あ、なんだよ、もう終わってるじゃん戦争、みたいなね。そういうオチのシナリオは結構いいんじゃないかって、今思い描いてるんだよね〉

 それはベトナム戦争時のラブ&ピースのような、能動的な反戦行為とはいえないだろう。でも彼らも世界と無縁ではいられないのだ。見慣れた渋谷の景色を「彼女」が外国の街のように眺めるラストシーンがすごくいい。

    ◇

 おかだ・としき 73年生まれ。97年にソロ・ユニット「チェルフィッチュ」を旗揚げ。

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