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書評

世界を変えた6つの飲み物 [著]トム・スタンデージ

[掲載]2007年04月29日
[評者]唐沢俊一(作家)

■コーヒー→万有引力、ラム→米独立…

 世界の最新情報や、面白い噂(うわさ)ばなしを仕入れたいと思ったら、現代人はどうするか。もちろんインターネットをのぞく。では、17世紀イギリスの人々はどうしたか。コーヒーハウスに出かけたのである。そこには多数の新聞や雑誌、政治パンフレットが置かれていて、自由に読めた。さらにはそこに集まる職業も身分も異なる人々と、数杯のコーヒーを飲みながら議論を交わせたのである。かのニュートンが万有引力の理論を世に出せたのは、コーヒーハウスでの科学討論がきっかけだった。アラビアから輸入されたコーヒーが大英帝国の知のあり方を変えたのである。

 このコーヒーをヨーロッパにもたらした大航海時代の船乗りたちの飲み物がラム酒であった。砂糖を精製する際の余剰物である糖蜜から作られたラム酒は、新大陸への入植者たちにとり、厳しい冬を乗り切るための必需品だった。彼らは大量にラムを消費し、安いフランス領の糖蜜の輸入を拡大した。これに難色を示した英本国は他国の植民地からの糖蜜輸入に税をかけた。これに対する入植者たちの不満が、やがて独立戦争へとアメリカを導いていく。

 その他、本書にはビール、茶、コカコーラなど、飲み物が世界の歴史に果たした意外な役割が多数記載されている……とはいえ、本書は単なる飲み物トリビア本ではない。鵜呑(うの)みは危険な部分もあるものの、人類の歴史が普段気にも留めない日常の嗜好(しこう)にいかに動かされてきたかという、脱常識の視点の切り口を示す知的興奮の書でもある。

 高邁(こうまい)な現代思想の本を読むと、パラダイムの変換だのポストモダニズムだのといった用語があふれ、われわれ一般人の手の届かないところで世界が変革されつつあるのではないか、という不安感にさいなまれる。しかし、この本は人間の世界はそんな大仰なものでなく、日常から変化していくのだという、英国人特有の皮肉かつ実際的な歴史観が披露され、奇妙にリラックスした気分になれる。一杯の清涼飲料水のような本なのだ。ちょっと苦味(にがみ)のあるところもまた英国風味であるが。

   ◇

 A HISTORY OF THE WORLD IN 6 GLASSES 新井崇嗣訳/Tom Standage 英国の歴史家。

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