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書評

兵士になった女性たち―近世ヨーロッパにおける異性装の伝統 [著]R・M・デッカー、L・C・ファン・ドゥ・ポル

[掲載]2007年05月13日
[評者]巽孝之(慶応大学教授・アメリカ文学)

■知的サバイバルとしての女の男装

 1980年代半ばにアメリカ東海岸の大学院で学んでいたとき、同級生にテキサス生まれの陽気で聡明(そうめい)な娘がいた。いつもカウボーイならぬカウガールふうのいでたちで、真っ赤なオンボロ車を駆っていた。それが卒業後15年ほど経(た)った今世紀初頭、当時の仲間から、彼女がいまでは西海岸に移り、男性の弁護士として大活躍していることを聞き、いささか驚いたものである。

 というのも、わたし自身がここ10年ほどのあいだ、植民地時代におけるアメリカ文学を研究しているうちに、本書でも取り上げられている男装のイギリス系女性兵士ハンナ・スネルの逸話に行き当たっていたからだ。18世紀半ば、夫に裏切られ子供にも死なれたハンナが、すべてに絶望したあげく武器を取りジャンヌ・ダルクをも彷彿(ほうふつ)とさせる兵士と化し、結果的にアメリカ独立革命の機運を煽(あお)ったことは、宗主国と植民地のあいだの主従関係をゆるがすに至った史実のひとつである。

 女が男装する行為は、たんなるコスプレ的趣味嗜好(しこう)にとどまらず、個人どころか国家全体の運命を左右することすらあった。まさにこの点に焦点を当てた本書は、異性装の背後にいかに複雑な要因がからみあっていたか、そしてそれが文学作品に反映された場合、小説読者のほとんどが女性であったという条件も手伝って、いかに絶大な人気を博したかといういきさつを、徹底検証してみせる。

 この共同研究は、オランダ語版原形が1981年、その大幅な増補改訂版が1989年に刊行されており、邦訳は後者の英訳版にもとづく。さて肝心なのは、81年版が「むかし陽気な娘がいた」というタイトルで、それが17世紀以来のオランダで子供を中心に親しまれてきた歌から採られている事実だろう。しかも、その歌詞をよくよく追ってみれば、航海に出たいと渇望した「陽気な娘」が7年間も軍に所属し、ミスを犯したさいに罰を逃れようと自分の性別を白状、しかも船長の愛人になることすら申し出るという、十分すぎるほどに大人の歌なのだ。ほんとうはこわいオランダ童謡、といったところか。

 著者たちは異性装の背後に三つの動機を見る。まずは家族や恋人に起因するロマンティックな動機、祖国を守りたいという愛国的動機、そして貧しいがゆえに男性の職業を奪い取るしかなかったという経済的動機。そこから出発する分析で興味深いのは、たとえば、同じ貧しさゆえの転身であっても、売春婦に身を落とすことだけは断じて避け、あくまで「女性の尊厳を維持する道」として選ばれたのが男装だったという調査結果である。さらに、娼婦(しょうふ)が妊娠してしまい、社会的体裁から夫を必要としていたので男装者を利用し結婚したという、驚くべき記録も見つかっている。男装して兵役の契約金をかすめとった女性詐欺師の実例も、枚挙にいとまがない。

 異性装の文化史は、必ずしも性的変態の歴史ではなく、セクシュアリティの常識を利用しながらもその裏をかくことで成り立つ、高度に知的なサバイバルの歴史であることを、本書は深く納得させてくれる。

   ◇

 M. Dekker 51年生まれ。/Lotte C. van de Pol 49年生まれ。ともにアムステルダム大で学ぶ。

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