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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]巽孝之> 記事 書評 メタボラ [著]桐野夏生[掲載]2007年05月20日 ■「過去の回復」は幸福をもたらすか 桐野夏生は書評者泣かせの作家である。なにしろ出る作品すべて文句なしにおもしろいのだから、どれかひとつを選ぶことなどできはしない。 だが今回、禁を冒しても『メタボラ』を取り上げるのは、これこそ21世紀日本を――ネオリベラリズムのもと格差社会の矛盾、家族崩壊の悲劇が噴出するこの国の現実を――あまりにも鮮烈に、これでもかこれでもかというほど凄絶(せいぜつ)に切り取ってみせた第一級の現在文学だからである。 本書は、沖縄本島とおぼしき密林で、本州出身らしき20代の記憶喪失青年が、宮古島出身の10代後半の嘘(うそ)つき少年・伊良部昭光(アキンツ)と、偶然の出会いをとげるところから始まる。前者は便宜上、アキンツおよび、のちにふたりして家に転がり込むことになるコンビニ勤めの娘ミカの提案で「磯村ギンジ」の名前を与えられる。出会ってすぐ無二の親友と確信し合ったふたりの若者は、ひょんなことから別々の仕事に就くも、ともに挫折して転職。やがてギンジは勤務先のシェア住居「安楽ハウス」のオーナー・釜田に実力を認められ、彼の選挙出馬の手伝いをするようになるいっぽう、アキンツは勤務先のホストクラブ「ばびろん」でもトラブルを起こし、果てはヤクザにからまれ、瀕死(ひんし)の重傷を負う。 ところが終盤、それまで離ればなれで好対照の人生を歩んできたふたりは、思わぬかたちで再会を遂げ、ともに驚くべき決断を下す……。 何の変哲もないスタンド・バイ・ミーふう青春小説のように響くだろうか。しかし物語を支えているのは、アキンツがかつて最大の天敵に奪われた最愛の女を取り戻し、ギンジが記憶喪失のきっかけを悟るとともに失った自分自身を取り戻すという、「過去の回復」のモチーフである。 だが、それが必ず幸福を導くという保証はあるのか? むしろ絶望のどん底を突き抜けることで未来を拓(ひら)き、まったく別の自分を再構築することは不可能なのか? これらの問いかけとともに、謎めいたタイトル「メタボラ」がその意味を開示するクライマックスは、まさに圧巻だ。 ◇ きりの・なつお 51年生まれ。99年、『柔らかな頬』で直木賞。 ここから広告です 広告終わり 書評 バックナンバー
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