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書評

湖の南 [著]富岡多惠子

[掲載]2007年05月27日
[評者]由里幸子(前編集委員)

■大津事件、凶行への鋭い洞察

 来日したロシア皇太子に警護の巡査が斬(き)りつけた1891年の「大津事件」。近年明らかになった書簡や資料に丹念にあたり、犯人津田三蔵の36年の生に迫っている。「生マジメな性格」ゆえに、明治新政府の下積みとして精神も暮らしも追いつめられた姿は、今も日本にありはしないか。

 津田は13歳で明治維新、16歳で廃藩置県を体験、17歳からの10年を新政府の兵士として過ごす。除隊できたときには、薄給の巡査の道しかない。負傷して勲七等を受けた西南戦争は、数少ない「イイ事」だった。

 その「青春の栄光」をロシア皇太子が軽視したと誤解。「皇太子歓迎の花火の音」で戦場の記憶、死者への感慨がよみがえり「凶行を押し出す震源」にひろがった。「思想的狂人」(司馬遼太郎)といった従来の見方をひっくり返した著者は、津田の「運の悪い巡りあわせ」に同情する。

 これまで取り組んだ中勘助や折口信夫らの評伝とは異なり、内面の言語化が苦手な男の「訥弁(とつべん)」の供述から隠れた衝動をかぎあてる洞察は鋭い。

 後半、津田を調べる「私」に、知らない男から届く手紙は殺意めいた衝動を語る。現代の凶行の震源を感じさせ、不気味である。

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