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書評

人はなぜ花を愛でるのか [編]日高敏隆、白幡洋三郎

[掲載]2007年05月27日
[評者]野口武彦(文芸評論家)

■悩ましい植物的エロスの開顕

 ネアンデルタール人の人骨化石の周辺土壌から集中的に花粉が発見され、人類はすでに六万年前から死者の埋葬に花を供えていたとする学説が唱えられた由である。

 人はなぜ花を愛(め)でるのか。この問いに答えるのはそれほど簡単ではない。花とは花全般を指すのか、それとも個別の花のことか。人々はサクラを愛するようにアカザの花が好きといえるだろうか。

 本書は、京都の総合地球環境学研究所に会した学者たちがこの難問をめぐって開いたシンポジウムの産物である。考古学・文化人類学・美術史・遺伝学・衣服史・生態人類学といった多彩な分野からの発言が一つのテーマをめぐって交差するから、花好きなら読んで損はない。

 全部で九つの文章が収められているが、総花的に紹介するよりも、書評子が啓発された知見を整理しておく方が有益だろう。文学・美術に謳歌(おうか)される花々を詩的に語る言葉は美しいが、それ以上に、本書でしか読めないのは、花をぶっきらぼうに《科学する》タイプの諸章である。

 綺麗(きれい)で愛でたくなるような花が多量に出現したのは、わずか一万年ほど前のことだとする説には眼(め)を開かれた思いがする。原初、地上には森林しかなかった。農業が森の生態系を「攪乱(かくらん)」し、人間の定住が草地を広げる。森の巨樹と違ってライフサイクルの短い植物が多生し、一定時間内にたくさんの種子を作る必要から花が咲き満ちる。環境の「里」化が花を育てた。

 もう一つの説は、花と人間との距離で「愛でる」行為を測定する。(1)食花、(2)接触、(3)装飾、そして(4)の段階で初めて花が人間の身体を離れて精神的に楽しむ。その諸段階は連続的で分離できない。

 もし不満をいうなら、この陣容にぜひもう一枚、植物愛の発生部位について心理学のカードを加えて欲しかった気がする。花の魅惑は、人間の大脳皮質よりもむしろ間脳にいきなり作用してくる。

 人はなぜ花を愛するのか。

 花は植物にのみ許される美しい生殖器官であり、抗しがたく悩ましいエロスの開顕だからではなかろうか。

    ◇

ひだか・としたか 動物学者。しらはた・ようざぶろう 都市文化研究者。

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