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書評

北朝鮮「偉大な愛」の幻(上・下) [著]ブラッドレー・マーティン

[掲載]2007年05月27日
[評者]久田恵(ノンフィクション作家)

■壮大な個人崇拝物語の由来を詳細に

 「キムイルソンチャングンはツツジが好き」と、学生の頃、歌ったことがある。そう、かつての左翼学生には「北朝鮮」は、親しみを覚える国だった。それがどうだろう。

 今やこの国は「拉致」、「飢餓」、「核開発」……。なぜ、どうして、こういう国になったのか。

 人が常軌を逸した行動をとるには必ずわけがあると言われている。ならばこの国には、いったいどんなわけがあったのか。周辺国が対応を誤れば、次のイラク戦争を誘発しかねない今、知らないではすまされない。

 本著は、それを知るにふさわしい。上下二巻、読了に気力がいるが、分かりやすく面白い。まず、そこが凄(すご)い。米国ジャーナリストの著者が、1979年、朝鮮戦争以後、初めて「平壌」入りした折の衝撃の体験から始められていて、ページを繰る手が次第に止まらなくなるのだ。

 さらに、朝鮮半島が南北に分断された当時のソ連、中国、アメリカ、韓国の思惑などが、前線で戦った軍人証言の裏づけで詳細に記述されている。

 現在の「北朝鮮」を生み出した責任が、どの国にどうあるのか。金日成父子が、なぜかくも壮大な個人崇拝物語を作り上げる必要があったのか。「過去の歴史が現在に光を当てる」、そのことを実感させられる。

 下巻では、金正日一族や元側近、労働者、犯罪者まで北朝鮮亡命者たちのそれぞれの立場からの数多くの体験が語られ、この国の「内側の姿」が見えてくる。

 読了し、この不可解な国を追い詰める危険性を強く思った。今、この国にも確実に及びつつある経済改革が北朝鮮国民の意識を変化させ、国を自壊させていく、その可能性に賭けるべきではないかと。

 戦争回避への切実な思いをこめた、著者、13年の労作である。

 情報から閉ざされ、自由を奪われ、生存をおびやかされ続けているこの国の人々を思うと、過剰な情報の洪水に溺(おぼ)れ、現実に無関心になっている私たちの怠惰を思わずにいられない。

    ◇

朝倉和子訳/Bradley K.Martin 42年生まれ。アメリカ人ジャーナリスト。

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