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ここから本文エリア 現在位置:asahi.com>BOOK>書評>[評者]酒井啓子> 記事 書評 コーヒーの真実―世界中を虜(とりこ)にした嗜好(しこう)品の歴史と現在 [著]アントニー・ワイルド[掲載]2007年06月03日 ■優雅な香りの背景に過酷な生産現場 そのうち血液がコーヒーになってしまうのではないか、と思うほどのコーヒー好きにとって、のっけから、1日60杯コーヒーを飲んでいたというバルザックが「明らかに危険」な状態で、1日25杯飲めば精神的にも物理的にも障害が出る、と書かれると、思わず、次はハーブティーにしようか、と思ってしまう。 しかも、カフェインを摂取したクモは、マリフアナやスピードをやったクモより、巣作りが下手になるらしい。 健康志向に走らなくとも、コーヒー会社がいかに生産農家を搾取してきたかという件(くだり)を読めば、大手チェーンのコーヒーをやめてフェアトレード(途上国との公平な貿易)で輸入されたコーヒーに切り替えるかとも思う。だがそれも、無実潔白ではないらしい。優雅な香りにつつまれるコーヒーが、どれだけ奴隷や植民地支配、強制労働など過酷な生産現場を背景にしてきたか、コーヒー買い付けに長年携わってきた著者の力作だ。 これまでもコーヒーを狂言回しにして、西欧における市民社会の成立から植民地主義へ、という近代史を描いた本は、臼井隆一郎氏の名作「コーヒーが廻(めぐ)り世界史が廻る」(中公新書)を嚆矢(こうし)として多々あるが、本書は現代アメリカのコーヒー業界の暗部にまで筆を伸ばす。世界で5億の人々がコーヒー産業に携わっているのに、生産農家は貧困にあえぐ一方だ。中南米やベトナムのコーヒー産業が、いかに米国の利益に振り回されてきたか。コーヒーのために圧政が黙認される一方で、米国の薬剤散布、枯れ葉剤がコーヒーを危険に晒(さら)す。 ロマンを掻(か)き立てられる逸話も満載だ。イスラム神秘主義教団の学生たちが最初にコーヒーにはまった、という有名なエピソードから、オスマン帝国との確執とコーヒーの西欧への流入、ナポレオン流刑地であるセントヘレナでのコーヒー栽培。炭化したコーヒー豆2粒のペルシャ湾岸での発見も、太古の昔へと空想を広げてくれる。 人間の歴史のなかで、コーヒーは、毒と魅力に溢(あふ)れた永遠の魔性の女(ファムファタール)である。 ◇ COFFEE:A Dark History、三角和代訳/Antony Wild 植民地主義の歴史を専門とする英国のジャーナリスト。
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