[掲載]2007年6月17日
■「邂逅」のひととき鮮烈に切りとる
誰もいない森で倒れる木は音をたてない、というあの哲学命題を思いだしたのは、本書の「ヘルシンキ」という編を読んでいる時だ。人との言葉の齟齬(そご)に疲れた男が、北欧の森で孤独な木になる自分を夢想する。しかし人である以上、言語は放棄できない。齟齬を避けるというのは、無人の森の木になることなのか。
本書は、エピファニック(天啓のよう)な「邂逅(かいこう)」のひとときを鮮烈に切りとった短編集だ。パリの路地で、アマゾナスの奥地で、人々はめぐり逢(あ)い、別れていく。かかわりが短かったぶん別れは決定的な、痛切なものになる。
本書の背後に、2001年9月の惨事以来変わってしまった世界があることに、触れないわけにはいかないだろう。こうした人災の場に真っ先に駆けつけて書くのは報道記者、小説家は最後であるべきだ――あの年の秋、池澤氏と英国作家カズオ・イシグロ氏の公開対談に、そんなやりとりがあった。6年後に出た本書には、「最後に来るべき小説家」の応答という側面もあるかもしれない。
とはいえ、「平和を訴える文学」とは対極にある。声高な言葉は何一つなく、どの編もまなざしが語る。事件以前に書かれた作品も、本書に交じることで新たなまなざしを呼び入れる。ある編には、急に厳しくなった空港の保安チェックに戸惑う男がいる。だが次に置かれた2000年発表の「レギャンの花嫁」には、笑い声の響くおおらかなバリの税関の様子が描かれ、それをガラス越しに見つめる登場人物の視線に、現在の作者の、ひいては読む者の視線が自然と重なるだろう。
表題作の湛(たた)える哀惜は喩(たと)えようもない。メキシコの列車で男と少女が再会し別れる。こんな小さな物語までが、「その後」の世界からは奪われているのに気づく。この美しい少女を失ったのは彼だけではない。
母国語を失う少年や、諸言語を超えた祈り。ここには言葉にならないものばかりが書かれている。無人の森の囁(ささや)きをも人に聴かせる力が小説にはあることを、改めて、深く、実感した。
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いけざわ・なつき 45年、北海道生まれ。作家。著書に『静かな大地』ほか。
著者:池澤 夏樹
出版社:新潮社 価格:¥ 1,365
著者:池澤 夏樹
出版社:朝日新聞社出版局 価格:¥ 1,050
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