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書評

ヒトと機械のあいだ―ヒト化する機械と機械化するヒト [編]廣瀬通孝

[掲載]2007年06月24日
[評者]橋爪紳也(大阪市立大教授・建築史、都市文化論)

■変化していく心身、近未来像を提示

 動物園の猿のしぐさに、私たちは、しばしば人間らしさを見いだす。逆に人間のなかに獣性を感じることもある。

 機械との関係も同様ではないか。もちろん人類こそ唯一崇高な存在であり、機械は所詮(しょせん)、道具であるという二元論にこだわる人も多いだろう。しかし私たちは、愛車や愛機を擬人化し、また愛玩用のロボットを可愛いと感じる能力を併せ持つ。私たちは機械のなかに潜む「ヒト」を発見することができるのだ。

 反対に、自身のなかに機械的な特徴を見いだす時がある。まるで機械のごとくマニュアルそのままの言動に徹する人もいる。「ハンドルを握ると人格が変わる」というがごとく、機械の性能に過剰に適応する人もいる。

 私たちはこの1世紀のあいだに、機械に依存する文明を築いてきた。さまざまな機械類を使いこなし、生物としての限界を遥(はる)かに超える能力を獲得した。同時に、例えばパソコンや携帯電話によって私たちの生活様式や時間感覚が激変しつつあるように、機械の進化に応じて心身も変わらざるを得ない。人類と機械が協調した、著者の言葉を借りれば「スーパーヒト」が史上最強の生物なのは明らかだ。

 機械はどこまでヒト化し、逆に私たちはどこまで機械化するのか。本書では、人間の能力を拡(ひろ)げる「拡張型の機械」と、人間の不得手な機能を担う「代替型の機械」に分け、それぞれの近未来像を論じる。また、誕生時からの出来事をすべて記録して人生を再現する「ライフログ」や、情報技術(IT)とロボット技術(RT)の応用である情報ロボット技術(IRT)など最先端の話題も分かりやすく紹介している。

 でも一方で、著者は機械が持ち得ない人間の特徴として、個性や個体差の存在、習熟する能力、そして物事や出来事に意味付けや価値付けをしながら生きている点をあげる。個別の判断や行動は最適ではなくても、全体として妥当だという場合は少なくない。私たちの行動パターンが機械のごとく標準化されてはならない。著者の警鐘に耳を傾けたい。

    ◇

 ひろせ・みちたか 54年生まれ。東京大教授(ヒューマン・インターフェースなど)。

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